令嬢の帰還と三人の侍女
令嬢の帰還と三人の侍女
廊下の奥、部屋の前に若いのに背筋の乱れぬ威厳を纏った女が立っていた。その横に2人、柔らかな雰囲気を纏うものと若く明るい雰囲気のもの。
「アシュレイ」
「イザーク様。そちらの方が.....」
「ああ。セラだ。」
「セラフィーネ様ですね。」
「....その辺りの呼び方の裁量はお前に任せるよ。セラ、こちらが侍女のアシュレイ、サリア、アイルだ。この他に看病中は補助で2人ほどつく。」
「セラフィーネと申します。よろしくお願いいたします。」
「セラフィーネ様、首の角度が少し甘いですわ。ですが....4年、村人の生活をされていた割には上出来です。」
このアシュレイはツンデレなのか。あんまり緩いのも苦手だ。どうせやるならこれくらいの方がいい。
「セラ様、旅と傷でお疲れでしょう。お休みになられては?」
「セラはその前に医者に診てもらわなきゃならない。すぐに連れてくるから君たちは身の回りを整えていてくれ。」
「かしこまりました。」
「ではまずそのドレスは着替えましょう。お身体に傷があることは聞き及んでおります。それらを隠せる物を用意いたしました。舞踏会用には後日仕立て屋を呼びます故、一旦こちらのものでご容赦くださいませ。」
そう言いながら出されたドレスはセラが着たこともないほど上質な物だ。いや、一度愛人演技の時にあったか。
流石は辺境伯家。与えられた部屋は広さはもちろんのこと、書斎に更衣室が備え付けられ上位の令嬢の扱いと言って遜色ない。淡白なエルシウスだが無駄な差は作らない彼の性格がよく見える。
「おいたわしい....まだ歩くことすら痛いでしょうに....」
そう嘆くのはサリアだ。見るからに優しい雰囲気の彼女は恐らくここでセラの癒しとなってくれるだろう。
「お美しいと噂で聞いていましたが、本当に美しくて驚きました!」
「こら、アイル。馴れ馴れしくしちゃダメよ。」
「私は構わないのですけど....」
「セラ様、貴女はベルシュタイン家の令嬢となられたのです。我々に敬語など使ってはいけません。威厳をお持ちください。」
人生で発したことのない威厳の持ち方など誰が教えてくれようか。このアシュレイか。
「分かってるわ。」
そう言いながら背中に軟膏を塗り、柔らかいシュミーズを用意してくれている。
人の慌ただしさもなく、療養環境としてはこちらの方が向いていると言わざるを得ない。
「医者が来た。通せるかな?」
「ええ。」
「お久しぶりでございます。セラ様。覚えていらっしゃるかは分かりませんが....」
「クルト!」
忘れたくても忘れられない。ライが高熱を出した夜――――
エルシウス様はライには薬はくれなかった。薬草を集め、煎じたものを飲ませるのが限界だった。だがあの日、どうしても足りなかった。
賭けだった。医者の元に向かったのは。
『医官の方はいらっしゃいますか....?』
『これは離れの......お怪我でもなさいましたか?」
『....私は、していないのです。ですが、弟の熱が治りません。出来ることは全て試したのですが...』
全てを悟ったように、クルトは小瓶を差し出した。
『ミルラは試されましたか。よく効くそうです。』
『よいのですか.....』
『離れの姫様は将来立派な娘になられるそうです。恩は売っておかなければなりませんね。』
そう言って、高価なミルラを分けてくれた。弟は、お陰で助かったのだ。
「覚えていてくださいましたか。崖から落ちたと聞きました。」
あの時と変わらない。淡々とした優しい声。
「そう....色々あって。肋骨にヒビ、背中の裂傷が一番酷いかしら。」
「診ていきましょう.............落ちたのはいつです?」
「2週間ちょっと前です。」
「熱などは?」
「高熱で、3日ほど生死を彷徨いました。」
「.....流石は王家だ。使える物は全て使って治療を施されたのでしょう。それでもこの回復力は異常ですが。」
「自慢にもなりませんが、生命力はある方のようです。」
「いや、よいことですよ。エルシウス様にいつ舞踏会に出て良いかと聞かれています。正直医者としてはあと1週間は休ませてあげたい。ですが歩ける以上エルシウス様はお許しにならないでしょう....」
「構わないわ、クルト。ここに来た以上覚悟はしてるのよ。多少痛んでもダンスぐらいできるわ。」
「....背中の傷はもう開くことはないと思います。ただ肋骨は普通にしているように見えても治ってはおりません。」
「ではそうエルシウス様に伝えて頂戴。私なら大丈夫だから。」
「......かしこまりました。」
クルトが出ていくのを見送ると自然に息が漏れた。
「ふぅ.....」
「セラ様、お疲れでしたらお湯浴みでもされますか?」
「まだ背中が.....」
「半身浴であれば問題ないでしょう。背中には湿布布を当てていただきます。髪は別でサリアとアイルが洗います。」
「そこまでしてもらうのは悪いわ。」
「いいえ、セラ様。これが私たちの仕事なのです。セラ様は旅と怪我の疲れをお癒しになってください。」
サリアは不思議な声を持っている。発するだけで人を、落ち着けてしまうような不思議な声。
「それなら....ありがとう。」
「やっぱり優しい方でした!私はそう信じていたのです!当たりでした!」
「そう思ってくれるなら嬉しいわ。」
専用の浴室なんて、初めてだ。これからこうやって令嬢としての扱いを驚きながら受け入れていかねばならないのだろう。
足を湯に入れる。あの日走った泥がまだついている気がして、身体を湯船に滑り込ませた。
残った棘と小石の感触がパラパラと落ちていく気がする。
「香りはラベンダーやジャスミンにしてありますが....お好みですか?」
「私自身はローズウッドやベンゾインのような香りが好きなのだけど、お風呂は悪くないわ。」
「では調香師には伝えておきましょう。」
「セラ様、お湯浴みの後はミルクセーキをご用意しておきますね!」
洗われる髪と湯船に浸かった身体が新しい環境へ移った事を示している気がした。もう、前のようには戻れない。
ふと、村が気になった。またすぐ帰ると言ったのに、帰れなくなってしまった。
(どうしてるかな.....)
考えながらふと眠くなる。
「セラ様!」
「お疲れのようだわ。湯浴みは早めに済ませて寝台の方へ移しましょう。」
湯浴みをすると忘れていた疲れが一気に戻ってしまったらしい。浴槽から出る時にもふらりと身体が傾いてしまう。
「セラ様、お捕まりください。」
「今日は何もしなくてもかまいません。お休みに集中なさってください。」
「悪いわね。もう少し動けるつもりだったのだけど。」
「....多少の事情はお聞きしております。むしろこれだけ動けるセラ様が異常なのです。エルシウス様はセラ様を数日後に舞踏会に出すつもりでいらっしゃる以上、私も厳しくせねばなりませんが、正直心苦しいところです。」
アシュレイはやはりツンデレだ。もっとエルシウス様の複製のような侍女が付くのかと思っていたら案外温かくて安心した。
「心配してくれてありがとう。私も新しい城に入るのがすごく怖かったから3人で安心したわ。これからもよろしくね。」
「はい、明日からは厳しくさせていただきます。」
「何でもご相談に乗りますわ。」
「私、笑わせるのは得意です!」
「ふふっありがとう。」
(笑った.....!)
「やっぱりお綺麗です!」
「アイル。」
「あとセラと呼んでくれるかしら?どうしても違和感があって。」
「セラフィーネ様がそう仰られるのであれば...」
「ではセラ様と。」
「セラ様!」
そう、悪くはないかもしれない。そう思いながらミルクセーキに手をつけた。




