涙を溶かす甘い契約
「セラ」
背後から聞こえた声に、心臓が一瞬止まった。2度と聞くはずのないと思っていた声。
振り返れば声の主が切迫した表情で立っていた。何故いる。ましてや今日は5日おきの日じゃないのに。
急患がいると嘘をついた。まさか逃げましたなんて言えるわけがない。彼は何も悪くないのに。
「座れ」
川縁でそう言う彼の顔は優しかった。何で逃げた相手にそんな顔をするんだ。
毎日来て、探してくれていたことを申し訳なくも嬉しく思う自分がいた。その事実が憎らしかった。
「それでもお前と同じやつはいない」
「分かったら大人しく食べろ。何を抱え込んでるかは聞かない。旅を続けているのにもそれなりに理由があるんだろう?束の間の休息だとでも思えばいい。」
彼のくれる菓子は舌を溶かすが彼の言葉はセラの心を溶かす。諦めにも似た気持ちで菓子に手を伸ばした。
口に入れたその甘さが、指の先まで染み渡る。普段疲れているなんて思わないのに。ふいに泣きたくなった。何でだろう。慌てて出ようとする涙を押し込めると誤魔化すようにもう一つ菓子を口に放り込んだ。
「何歳なんだ?」
「え?」
泣くのを堪え、味わうのに必死だった。隣にいた彼にとっては心地悪い沈黙だったかもしれない。
何か聞いてみようと思っても、矢継ぎ早に質問が飛んできた。
「セラ」
ああ、もう。だから会いたくなかったんだ。名前を呼ぶ声があまりにも優しいから。心が緩んでしまいそうになる。
そんなことは初めてだった。
「まだ、行くなよ。俺はまだお前のことを何も知らない。」
目が、セラを捉えて離さない。もう一度逃げたいと思うセラを見透かしているかのようだ。
「私もレオ様のことを何も知りませんよ。」
「なら知ればいい。知って、それでも逃げたいなら逃げればいい。」
「身分も明かさないのに?」
ずっと思っていたことだった。こちらに関しても嫌な予感がしているのだ。
「.....お互い探られたくないことは探らない契約でも結ぶか?」
それも悪くないかもしれない。私にだって知られたくないことだらけなのだ。たまにの息抜きと思うなら。
「それもいいかもしれませんね。」
涙はいつの間にか消えていた。




