第88話「お願い」
「おや、お二人とも──どうしてこちらに?」
戸口から現れた蓮が、穏やかな声音で問いかける。
「お迎えに来たんッスよぉ〜」
バルがにこやかに答える。
「そうでしたか。では……お待たせいたしました」
蓮は朗らかな笑みを浮かべた。
「そ、その……」
リリスは慌てて袖で目元を押さえ、赤みを隠すように視線を逸らす。
「……終わったのか?」とかすかな声で尋ねた。
「はい。今は、お二人で遺影の前に並び、静かに手を合わせています」
蓮は静かに頷き、どこか安堵をにじませる。
「積もるお話もあるでしょうから……私はひとまず御暇してきました」
「そう……か」
リリスはそっと息を吐き、声を落とす。
その時──
「蓮様っ!」
慌てた様子で玄関から飛び出してきたシュワリンガーが声を張った。
「この度は……本当にありがとうございました。明子様も、だいぶ落ち着いたように思われます」
深く頭を下げながら、彼は蓮の手を両手で握りしめる。その瞳には真っ直ぐな感謝が宿っていた。
シュワリンガーは懐から小さな包みを取り出した。
「ささやかながら……どうか受け取っていただけませんか」
しかし蓮は、静かに首を振る。
「お気持ちだけで十分ですよ。私はただ、できることをしたまでですから」
シュワリンガーの表情に驚きが浮かぶ。その上で蓮は、さらに穏やかに言葉を重ねた。
「もし今後……リリスさんに何かあった時には、どうか力になってあげてください。それが何よりの恩返しになります」
その言葉に、リリスは思わず息を飲んだ。
自分のために………胸の奥が不意に熱くなる。
心臓の鼓動が速まり、うまく声が出せなかった。
「───リリス様」
「この命に代えましても、必ずお支えいたします」
胸に手を当て、深々と礼をするシュワリンガー。
命に代えて──。
その言葉の重みが、胸にずしりと響く。
「……命を懸けるだなんて、言うでない」
思わず、声が震えた。
「我は……そんなもの、望んでおらん」
シュワリンガーは顔を上げ、困惑したように瞬きをする。
「でも、それほどの──」
「それでもだ」
リリスは強く遮った。
「お主が無事でいなければ、誰が明子殿を支えるのだ」
言葉を継げずに立ち尽くすシュワリンガーを、蓮が静かに補う。
「リリスさんのおっしゃる通りです。
命を懸けるのではなく……共に生き、支えることが何より大切ですよ」
シュワリンガーの瞳が大きく揺れ、やがて深く頷いた。
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