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第83話「魔族と老婦人」

「明子様っ!!」

シュワリンガーが慌てて駆け寄る。


「一人で歩かないように、と申し上げたはずです……」

眉を寄せ、制するように声をかける。


しかし老婦人は、どこか楽しげに笑みを浮かべた。

「あらあら……心配性なんだから、シュワちゃんは」


「………………本当に、大丈夫なのですか?」

低く問いかける声には、焦燥と不安が滲んでいる。


明子はゆっくりと頷いた。

「ええ……貴方のおかげで、ちゃんと“お別れ”をすることができましたから」


「……そう、ですか」

その言葉に、シュワリンガーの張り詰めた肩がわずかに緩む。

安堵の色を帯びた微笑みが、ようやくその顔に浮かんだ。


「さ、明子様。部屋に入りましょう。外は冷えますから」


「わかったわ。……シュワちゃんのお友達さんかしら? ゆっくりしていってくださいね」


リリスは寄り添う二人を見つめ続けた。

──その光景が、胸の奥を妙にざわつかせる。

「魔族」であるはずの男が、ひとりの老婦人に寄り添っている。

理解できぬものを前にした戸惑いと、説明のつかぬざわめきが胸を締めつけた。


明子を支えながら、シュワリンガーが静かに言葉を継ぐ。

「……まずは明子様を家で休ませましょう。そのうえで、場所を変えてお話ししたい」


「場所を?」

リリスは警戒を滲ませて問い返す。


「ええ。このままでは……落ち着いてお話しできません」

声音は静かだが、その眼差しには確かな決意があった。

言い逃れではない。虚飾でもない。己をさらそうとする覚悟があった。



リリスは息を呑み、隣でバルと視線を交わす。

──悪意は感じない。

そう悟った彼女は、ゆっくりと頷いた。


「……よかろう」


三人は歩を進め、灯りの少ない、ひっそりとした空間へと移る。

夜の空気は冷たく、石畳に響く靴音がやけに大きく耳に残った。


そして──

暗がりに身を置いたシュワリンガーは、ふと遠い記憶を見つめるように目を伏せる。


「……蓮様を連れてきた理由を語る前に、まずは私が“何者であるか”を──知っていただきたい」


リリスは無意識に息を詰めた。

その言葉は、閉ざされた扉の奥から滲み出る記憶の気配を纏っていた。

重く沈む空気が、過去の影を呼び覚まそうとしていた。


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