第82話「シュワリンガー・ネスタール」
───都内 某所
「ここ……この家みたいッスね──って、リリス様っ!?」
「蓮っ!」
リリスは一目散に駆け出した。
直後、静かに立ちはだかる影。
「申し訳ありませんが、ここから先は通すわけには参りません」
「何者じゃ、貴様っ!」
氷刃のような視線を投げるリリス。
男は一歩進み出て、胸に手を当て優雅に一礼した。
「私は──シュワリンガー・ネスタール。どうぞ“シュワちゃん”とでもお呼びください」
「……シュワ……ちゃん?」
一瞬、リリスは呆気に取られる。
だが次の瞬間、怒気を孕んだ声を叩きつけた。
「ふざけるな! 貴様か、蓮を攫い──あまつさえ監禁しておるのはっ!」
「攫った……?」
シュワリンガーは小さく首を振り、苦笑のようなものを浮かべる。
「誤解です。ましてや監禁などという無粋な真似は……」
「えぇい!そこをどかぬか!」
「──申し訳ありませんが……今はお通しできません」
「…………ならば容赦はせぬ」
リリスの声が鋭く響いた。瞬間、霧が立ちこめ、草がぱきぱきと音を立てて白く凍りついていく。
「解放──」
足元から白い靄が溢れ、凍てつく気配が周囲を締め付ける。
黒髪は淡い光を帯び、白銀へと色を変えていき──
「……グラキエル・フォル───」
「リリス様、待つッス!!!」
バルが飛び出し、リリスとシュワリンガーの間に割って入った。
「そこをどけ……バル」
琥珀色の瞳が冷たく藍色へと変わり、怒気を宿す。
だがバルは真っ直ぐにその視線を受け止め、首を振った。
「どかないッス。……ちゃんと、彼を見てください」
「無防備に立ってる彼を、リリス様は本気で攻撃するんスか?」
「………」
リリスは息を詰め、視線を逸らさずに睨む。
だがその対面に立つシュワリンガーは──ただ静かに立ち尽くしていた。
「………蓮は無事なんだろうな?」
絞り出すように問いかけるリリス。
「はい」
シュワリンガーはゆっくりと頷き、澄んだ声で答えた。
「この名にかけましても……蓮様に危害は加えておりません」
「では……なぜ蓮を?」
リリスの声は、なお鋭い。
シュワリンガーは一瞬、言葉を選ぶように口を閉ざした。
「それは………」
──そのとき。
「まあまあ、騒々しいと思えば……あら、どちら様かしら?」
玄関の戸が音もなく開き、白髪をきちんと結い上げた老婦人が姿を現した。
和装の裾を整えながら、穏やかな眼差しで三人を見渡す。
氷のように張り詰めた空気が、ふっと変わった。
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