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第80話「遅い帰宅」
「ただいま戻ったぞ、蓮」
玄関を開け、いつもの調子で声を放つリリス。
……しかし、返事はない。
「……?」
眉をひそめ、室内を見回す。
「夜も遅いし……蓮兄ぃ、もう寝てるんスかねぇ?」
バルは首をかしげ、靴を脱ぐ。
だが、リリスの胸を冷たいものが撫でた。
──静かすぎる。
本堂の灯りもなく、寺の中はまるで時間が止まったように沈黙していた。
「蓮……どこじゃ」
唇を結び、一室ずつ戸を開けて名を呼ぶ。
「……蓮……」
応えはなく、静寂だけが返る。
胸の奥にざわめきが広がり、呼吸が荒くなる。
足は乱れ、転びそうになりながらも駆けるリリス。
本堂も、講堂も、食堂も──すべて探した。
だが、どこにも蓮の姿はなかった。
「はぁっ……はぁっ……」
焼けるように苦しい息を吐いた、その時。
「リリス様っ! これをっ!」
バルが駆け込み、紙を差し出した。
震える指でそれを受け取り、目を走らせる。
―――
リリスさん、バルさん
第5層の魔王候補の方と一緒に出かけてきます。
冷蔵庫におにぎりが──
―――
「……っ!」
グシャリ。
紙が無惨に握り潰される。
「蓮が……攫われた……」
かすれた声が漏れ、力が抜ける。
リリスは膝から崩れ落ち、その場に座り込んだ──
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