第70話「想い想われ」
───天明寺 縁側。
涼やかな虫の声と、冴えわたる月明かりが降り注いでいた。
その光の下、一人静かに座って空を仰ぐリリス。
「眠れませんか?」
背後から、落ち着いた声がかけられた。
振り返ると、そこには蓮。
月明かりに照らされた横顔は、いつもより穏やかに見える。
「………うむ。今日は色々なことが起きすぎじゃ」
リリスは小さく肩を落とし、苦笑を漏らす。
「そうですね。お疲れ様です」
蓮は優しく微笑み、月へと視線を戻した。
やわらかな沈黙のあと──
「……リリスさんは、レミアムさんのこと、苦手なんですか?」
蓮が問いかける。
「んむ……苦手、というか……なんというか……」
リリスは目を逸らし、言葉を探すように口ごもった。
「昔、色々あってのぅ……」
「色々……ですか」
蓮は苦笑し、続きを待つ。
「初めて会ったときは……本当に大人しい娘じゃったのだぞ? それが、ある日を境に──」
リリスは言い淀み、頬を赤らめる。
袖で口元を隠し、もぞもぞと続けた。
「会うたびに……抱きしめられたり、あ、あのように胸を……だな……」
「……あぁ」
蓮は目を瞬き、くすりと笑った。
「な、何がおかしいのじゃ!」
リリスは耳まで赤く染め、そっぽを向く。
「いえ……なんだか、その……大変だなって」
蓮は肩を揺らしつつも、その瞳は優しかった。
「ほ、本当に大変なんじゃぞ!?トイレに行くにもついてくるのじゃぞ!?」
「そ、それは……さぞお疲れ様でした」
少し苦笑気味に返す蓮。
「まったくじゃ……!」
頬を膨らませるリリスに、蓮は思わず笑みをこぼす。
そして──ふと真剣な眼差しで言葉を紡いだ。
「でも。魔王候補を辞退してまでリリスさんを選んだ想いは……本物ですよ」
「……わかっておる。わかっておるからこそ……悩んでおるのじゃ」
リリスの声は、夜風に溶けるようにかすかだった。
気に入っていただけたら、評価・ブクマで応援してもらえると嬉しいです。




