第7話「朝、となりに僧侶がいるという事実」
──朝。
寺に住み始めて、最初の朝。
私は、正座していた。
目の前には、だしの香りが立ちのぼる湯気。
「おはようございます。早く目が覚めましたね」
声の主は、そう──天川 蓮。
昨日の“下宿”受け入れ発言から一夜。
私は今、このお寺で朝ごはんを食べようとしている。
それはつまり──
(……僧侶と同じ家で寝起きして、朝から顔を合わせて、ごはんを……)
(え、なにこれ結婚?)
(いやいや違う違うちが──魔王!!任務中!!!)
「口に合うかわかりませんが、どうぞ」
「い、いただく……!」
──ぱくっ。
(……うまっ)
(だし……こんな繊細な液体……魔界にはなかった……)
(この味に包まれて……死にたい……いや、生きる!!)
蓮はにこにこしている。
この人は、私がちょっと変でも、変なことを言っても、
絶対に否定しない。
そして昨日──彼はこう言ったのだ。
『やっぱり海外からいらしたんですよね?』
──私は、うなずいた。うそは言っていない。「うん」とだけ。
「なるほど、文化の違いに戸惑われるのも無理はありません。家電も食べ物も違いますし」
「す、すまない……洗濯機というものを、昨日初めて……」
「気にしないでください。異文化ですから。僕ももし海外に行ったら同じですよ」
(やさしい……)
(この人、ほんとに私が“海外から来た子”だと思ってるんだ……)
(魔界っていう概念を知らないだけで、私はただの“ちょっとズレた子”として受け入れられている……)
それが、うれしい。
でも──胸のどこかが、きゅっと苦しい。
「……今、僕の話……伝わってます?」
「ふぇっ!?」
「ちょっと上の空だったようなので。……眠いですか?」
「いや……あの……すまない、ちょっと、“文化の衝撃”で……」
「ふふ、いい表現ですね」
(うう……バレてないのに……罪悪感で死ぬ……)
その後、蓮は「スマホというもの」の基本操作を教えてくれた。
タップ。スワイプ。ホームボタン。
(ぜんぶ……指先で動かせるんだ……)
(ちょっとだけ……蓮の指が近くて、心臓が忙しいけど……)
「リリスさん、これが“カメラ”機能です」
「これが……カメラ……!」
「例えば──こうやって、僕を撮ってみてください」
(え!?ええ!?本人を!?いま!?)
(い、いやちょ、顔がいい……!まって角度どこ!?)
(パシャ)
「……すごい……閉じ込めた……蓮の魂を……この板に……!」
「……表現が詩的ですね」
「す、すまぬ、異文化的表現だ!!」
スマホには、蓮の笑顔が残った。
その後、消し方がわからず。
私のスマホの初期ギャラリーには──蓮のアップが、一枚。
(これ……毎晩見てしまいそう……)
(いやでも違う。これは……任務資料……任務の一環……たぶん……)
私は少しだけスマホを握りしめて、部屋へ戻った。
その夜──
スマホを開いた私の顔が、
なぜか、すこし笑っていた。






