第60話「小さなおてて」
───天明寺 縁側
秋の夜の天明寺は、澄んだ空気にしんと包まれていた。
遠くで虫の音が規則正しく重なり合い、静寂を際立たせている。
縁側に腰を下ろしたリリスは、湯呑みを両手で包みながら小さく息をもらした。
湯気が夜気に触れ、すぐに消えてゆく。
「……ということが、今日あったのじゃ」
隣で蓮は扇子を閉じ、月を仰いでいる。
その表情には驚きもなく、ただ淡々と耳を傾けていた。
「お疲れ様です……お話にあった、その“底知れぬ存在”というのは?」
リリスは眉を寄せ、縁側に湯呑みを置く。
「うむ……雫という娘じゃ。にこにこと笑うてはおるのに、その目は……どうもこちらを探るようでな」
秋風がさらりと吹き抜け、庭の紅葉を揺らした。
提灯の灯りがふたりの横顔に淡く影を落とす。
「……探るよう、ですか」
蓮の声は低く、夜の静けさに溶け込む。
「うむ。……もしかすると──」
リリスは月を仰ぎ、言葉を飲み込んだ。
夜気は一層冷たさを増し、虫の声だけが境内に響いていた。
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───霧ヶ原宅 雫の部屋
壁一面、本棚に小説や漫画がぎっしりと並び、その大半は──なろう系小説。
机の上も積まれた本で埋まり、ページをめくる音すら生活の一部のように響いていた。
雫はその真ん中でベッドに寝転び、頬を緩ませながらぽつりと呟く。
「師匠さん──かぁ。まるで物語から抜け出してきたみたいな、可愛らしい女の子だったなぁ」
にこにこと笑みを浮かべる雫。
その時、部屋の隅から澄んだ声が響いた。
「あら……お帰りなさいませ、雫」
視線を向ければ、そこには小さな少女が佇んでいた。
銀髪をツインテールに結い、仕草はどこまでも優雅。
だが、その両手で仰ぐ扇子は大人用なのか──小さな指が震えていた。
「ただいまぁ、レミレミ♪」
雫が無邪気に手を振る。
「だ、だからっ! 何度も申し上げていますでしょう!」
扇子をばさりと閉じ、少女は胸に手を当てて高らかに名乗る。
「わたくしは──レミアム・コーリル! その名をお忘れなく!」
胸を張るが、雰囲気に反して体の小ささがいっそう強調されてしまう。
「まぁまぁ、レミレミぃ〜。今日はねぇ、いいお話があるんだよぉ」
雫がベッドの上で身を起こし、いたずらっぽく笑う。
「はぁ……はぁ……取り乱しましたわ。それで、その“いいお話”とは?」
レミアムは咳払いをひとつし、気を取り直して問い返す。
雫は唇をにんまりと歪め、囁くように告げた。
「──学校にねぇ、お宝が眠ってるかもしれないんだってぇ〜」
「なっ………なんだってー!!」
レミアムの瞳が大きく見開かれた。
「M〇R見すぎかなぁ…」
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