第6話「住めば寺も恋の拠点」
人間界に降り立って早ひと月。
魔王候補としての研修も順調──かに見えて、私は困っていた。
「下宿が……ない。」
人間界の常識によれば、住まいを借りるには“保証人”という謎の役職が必要らしい。
だが私は、魔界から来た単身魔族。職歴なし、収入なし。
保証人? なにそれ? 魔界じゃ自己責任だぞ?
「あの、こういう身分証しかなくて……」
(※魔界王印の刻印入りクリスタルを差し出す)
「えっ……これ、なんか、青く光ってる……」
「通貨は、硫化銀貨で前金3年分ほど──」
「す、すみません、ちょっと……連絡先がない方には……」
(……敗北。)
(こんなにお金もパワーもあるのに、紙と電話番号がないだけで門前払いとは……)
途方に暮れて、寺の境内へふらりと立ち寄った。
そこにいたのは──もちろん、彼。天川 蓮。
「リリスさん……ずいぶんお疲れのようですね。何かありましたか?」
……話すしか、なかった。
私は淡々と、現状を報告した。
職はまだない(魔王候補です、とは言えず)
保証人もいない
そもそも“スマホ”なる装置を持っていない
物件情報の探し方が「掲示板」止まり
「なるほど……確かに、それでは難しいですね。今は、スマホでの審査がほとんどですから」
「スマ……フォ?」
「……もしかして、それも初めて聞く単語ですか?」
「ふ、ふん、人間の技術に驚くことなど──ごくわずかだ」
(うわ、ぜんぜんわからない!! なんなのこの時代!!)
蓮はしばらく考え、ため息をひとつ。
「リリスさん。よければ……この寺に、住みませんか?」
(………………え?)
「部屋も空いてますし、お金がなくても大丈夫です。
ただ、少しお手伝いしていただければ」
(……お手伝い……!?)
(つまり、働かずして無償居住ではなく、労働力提供型の同居提案!?)
(まってそれって──すっごくありがたくない!?)
「よ、喜んで……!」
──こうして私は、寺の空き部屋に住み込むことになった。
エアコンの操作も、蛇口のひねり方も、最初はわからなかった。
洗濯機の回し方を蓮に教わったときは、無意識に感動していた。
「リリスさん、洗剤はこのキャップ一杯までですよ」
「え……これは液体なのに“杯”で計るのか……?」
「慣れれば簡単ですよ。次は一緒にやってみましょう」
(ああああ……近い……声がやさしい……さりげない……)
(やばい……この寺、誘惑が多すぎる……!)
蓮は、まったくいやらしさのない、清涼感100%の僧侶だ。
なのに、どうして私は毎回こんなにドキドキしてしまうのか。
(やっぱりこの環境、魔界より危険なのでは……)
とはいえ、住む場所があるのは大きい。
調査もはかどるし、蓮とも自然に話せる。
……これは、たぶん、チャンスだ。
任務としても、個人的にも──
寺の生活が、私の“何か”を、少しずつ変えていくのを感じていた。