第54話「貧乳はステータス」
───天ヶ原高校 校門前
「ここが、ガッコかっ!」
リリスの声は期待と興奮で弾んでいた。
「し、師匠、お静かにですっ……!」
雅が必死に袖を引き、慌てて小声で制す。
二人は天ヶ原高校の正門前に立っている。
リリスは雅の予備の制服を借りて、ぎこちなくも学生服姿だった。
「しかし、この“制服”というものは……なんと窮屈じゃのぅ」
リリスは肩をぐるぐる回し、硬さをほぐそうとする。
「す、すみませんですっ……私の小さくなった制服で……申し訳ないですっ……」
申し訳なさそうに視線を逸らす雅。
「特に胸が窮屈──」
「それ以上は戦争です、師匠。貧乳はステータスなんです!希少価値でっす!!」
雅は強く主張し、リリスは苦笑いを浮かべた。
「おぉう、わかった─何かすまんかった」
「いいんです……成長期なんで………これからなんで………」
「ま、まぁとりあえず──」
リリスはわざとらしく咳払いし、正門の向こうを見据える。
正門の先では、生徒たちが三々五々、校舎から吐き出されるように外へ溢れ出し、
部活動へと足を向ける者、帰路につく者、それぞれの放課後が始まっていた。
リリスの瞳がらんらんと輝く。
(これが……ガッコ……! 人間界の知恵と青春が詰まった聖域……ここに宝のヒントが…)
「師匠、顔がにやけすぎですっ! 怪しまれますよっ!」
雅が慌ててツッコミを入れる。
「なぬっ!? こ、これが自然な笑顔じゃ!」
リリスは胸を張る。
雅はため息をつきつつも、腕を組んで正門をくぐった。
---
校舎へ一歩踏み入れると、夕陽が窓から柔らかく差し込み、廊下の床や窓枠に長い影を落としていた。
どこからともなく、バスケットボールが弾む音や運動部の掛け声が賑やかに響き渡る。
その中に──ふと、澄み切った柔らかな音色が混じり始めた。
まるで水面に落ちる雫のように、静かに、しかし確かに耳に届く旋律。
リリスは足を止め、目を細めて耳を傾ける。
「……これは……聴いたことのない響きじゃ」
声は思わず低くなる。
「戦場の角笛とも、宴の笛とも違う……胸の奥がくすぐられるような……」
「師匠、それは吹奏楽部です。楽器で音楽を奏でてるんですよ」
雅がにっこりと微笑む。
「ほぅ……人間界には、なんとも美しい旋律を奏でるものがおるのじゃのぅ」
「なんです、人間界って──」
雅はくすっと笑うが、リリスは音の余韻にまだ浸っていた。
廊下の窓から見える中庭では、演奏室の窓がわずかに開き、そこから音楽が風に乗って流れている。
夕風に揺られて、旋律は校内を優しく包み込んでいた。
「……フム、悪くない」
リリスは小さく呟き、再び歩き出す。
その足取りは、少しだけ軽やかに感じられた。
気に入っていただけたら、評価・ブクマで応援してもらえると嬉しいです。




