第52話「まこごろを君に」
「またどうして、人間界に?」
花子が湯気越しに問いかける。
「あやつらも“選定の宝”が人間界にあると踏んだのだろう」
「……選定の宝?」
グラントは頷き、湯気を切るように低く言葉を紡ぐ。
「魔王になるために必要なものだ。形も何もかも不明……故に、伝承だけが残されておる」
「ふぅん……で、それが人間界に?」
「手詰まりなのだろうよ。魔界の隅々まで探しても見つからなかった……ならば、人間界に望みを託すほかあるまい」
花子はお玉で鍋をかき混ぜながら、ぽつりと呟く。
「……つまり、あんたが来たのはそれが理由?」
「ん? まあ、それも理由の一つだ」
「一つ?」
「うむ。魔王候補どもが動くとなれば、必ず火の粉は人間界にも降りかかる。
──そして何より……リリスだ」
「……は?」
「六ヶ月だぞ! 六ヶ月も会っておらんのだ!
あやつが元気にしておるか、この目で確かめずにいられるか!」
「…………」
沈黙のあと、グラントは照れ隠しに声を張り上げるように続けた。
「───それにリリスは可愛い!」
想いを爆発させるかのように言い放つと、
「蝶よ花よと育ててきた愛しの我が子だぞ!
そんなリリスに男が───男?ぐぬんっ!」
──ズキンッ!
後頭部に、今度は明確な衝撃が走った。
さっきから鈍く疼いていた箇所だ。
「……むっ?なんだったか……?」
ネギの湯気がぼやけ、花子の表情も霞んでいく。
そして──その霞の向こうから、銀色の光が滲み出た。
「はぁ……らしいわよ。……………リオルちゃん」
襖が音もなく開き、モノクルの冷たい輝きが鮮明になった。
「な、な、な、何故リオルがここにっ!?」
「優秀な部下から連絡が来たんですよ。えぇ、しっかりと地図付きで」
「なにぃ!?そんな優秀な部下が人間界におるだと!?」
「貴方が派遣したんでしょう───バルを」
「そ、そんな馬鹿───な。アヤツがちゃんとした報告書が書ける訳……」
リオルは左手でモノクルを上げ、鋭く睨みつける。
「結果はどうあれ、さっさと帰りますよ──花子様、大変お騒がせ致しました」
深々とお辞儀をするリオルに、
ニコリと微笑む花子も応じる。
「気にしないで、何かあったら頼りなさいな」
そんな中、忍び足で玄関から逃げようとするグラント。
「────往生際が悪いですよ、父上」
いつの間にか氷の鎖が伸び、グラントを捕らえる。
「嫌じゃあっ!まだ、漫画を手に入れてないんじゃぁ!新刊が!今のトレンドがあぁぁあ!」
こうして、リリスが知らぬ間に、グラントは帰還した。
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