第50話「おはぎは何味」〜リリスside〜
綺麗でした──
綺麗でした……。
蓮の声が、何度も頭の中で反芻される。
低く、けれど優しく響いたあの言葉が、耳に焼きついて離れない。
魔界にいた頃。
容姿について褒められることなど、何度もあった。
「気品あるお姿だ」「魔族の姫にふさわしい」「目を合わせるのも畏れ多い」
──だが、そのどれもが“立場”に向けられたものだった。
“魔軍司令の娘”という肩書をまとった私に。
私自身ではなく、“役割”に与えられた言葉。
───それでも良かった。
父上の立場を盤石なものとするために、何を言われても構わなかった。
魔王候補として選ばれたとき、私は──
喜んだ。心から。
父上の役に立てる。
私の存在が、あの人の背中を少しでも支えられるのなら──と。
けれど──
父上は、違った。
「おまえが魔王候補になる必要などない」
「そんなものは他の者に任せておけ」
「おまえは、もっと自由に生きていいのだ」
そう言って、私の手を取った。
強く、厳しい人だと思っていたのに。
その時だけは、どこか寂しげな目をしていた。
思えば、母上が亡くなってから──
父上は、職務の合間を縫って、よく顔を見せに来てくれた。
仕事で擦り切れた鎧のまま、こっそり第七層の私室へ。
無言で菓子箱を置いていくかと思えば、
「……これは王都で評判のやつらしいぞ」と、どこか照れくさそうに笑った。
護衛すら驚くほどの警備をかいくぐり、
「仕事で通りかかっただけだ」と、何度も嘘をついて。
あれが、あの人なりの──親心だったのだろう。
でも、私は納得できなかった。
魔王候補になれば、家の名誉は盤石になる。
だから、私は言葉を振り切って、こう言った。
「私は行きます。私の力で、“魔王”になってみせます」
あの時の父上の顔は──
今でも思い出せない。
父の手を振り払ってまで“魔王”を目指していたのに……
───それなのに、アヤツは! アヤツは!!
「氷の結晶も、髪も、まるで……神秘的な光景を見ているようでした」
──だって! そんなのスラスラ言える!?
無理! 想定外! 予想外!
父上の顔が、どんどん遠のいていく……
リリス……リリ……なんか喋ってる気もするけど、聞こえない。
だって、だって──
心臓の音が、煩すぎるのだから!!
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