第5話「任務名:距離感ゼロで寺手伝い」
──恋ではない。たぶん。
でも、近くで観察したほうが調査効率がいいのは確か。
だから私は決めた。
「この寺で手伝いをすることにした!!」
唐突に宣言した私に、蓮はほんの少しだけ驚いた顔をしたが、すぐに微笑んでくれた。
「そうですか。手が足りなかったので助かります」
(あれ?……あっさり?)
(というか、なんでそんなにうれしそうなんですか?)
(ちょっと、その笑顔やめてください。……好きになりそう──いや違う違う!!)
──*──
「では、今日はお堂の拭き掃除をお願いします」
雑巾を手渡される。
魔界でもモップ程度は扱ったことがある。余裕だ。
私は意気込んで本堂の床を拭きはじめた。
……5分後。
「ぜ、ぜんぜん終わらん……人間界、床広すぎる……」
「無理しなくていいですよ。休みながらで」
──蓮が隣にしゃがみ込み、肩をポンと軽く叩いた。
(ああ、今……接触された……接触されたよ!?)
(いやでも肩だし!仕事中だし!セーフ!)
(……だがなぜこんなにドキドキするのか)
私は深呼吸し、戦闘態勢──もとい、掃除体勢に戻った。
次は本堂の裏庭の草むしり。
無心で草を引き抜いていると、蓮が水筒を差し出してきた。
「暑い中ありがとうございます。よかったら、お茶をどうぞ」
「えっ……あっ、はい……!」
受け取った水筒は、ほんのり温かい。
緊張で両手でがっちり持ってしまう。
その間、蓮は隣で笑っている。
「こんなに真面目にやってくれるとは、正直驚いています」
「ま、まあ当然だ。我は魔──ま、誇り高き者ゆえな!!」
「……?」
(あぶなっ!また言いそうになった!!)
そして事件は起こる。
庭の隅に置いてあった風鈴が、倒れそうになったそのとき。
私はとっさに体を伸ばして手を伸ばした。
蓮も、同じように動いた。
──結果。
ごっちん。
「いったぁぁあ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
……ふたりの額が、見事にぶつかった。
至近距離で目が合う。
数秒の沈黙。
──息が止まりそうだった。
「す、すみません……!」
「い、いや、こちらこそ!」
赤くなった顔を隠すように、私はそそくさと草をむしり直した。
でも、心臓の音はもう、止まらない。
(こんな……こんな、感情は……)
(……これ、ちょっとだけ……ちょっとだけ、好きでは……?)
(──いや違う!!これは任務だあああ!!!)
魔王候補、修行の名のもとに恋の地雷を踏みまくりながら、
今日も真面目に寺の手伝いをこなすのであった。