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第46話「父、襲来」

陽が傾き始めた街の公園。

バルはベンチに腰かけ、買ったばかりのたい焼きを頬張っていた。


「リリス様も楽しそうだったし、蓮兄ぃも悪くなさそうだったし……我ながらいい仕事したッス。ふふーん♪」


たい焼きを片手に立ち上がると、鼻歌まじりで歩き出す。

蝉の声が遠くでかすかに鳴いていた。夕暮れの風に揺れる木々が、ざわ……ざわ……とささやくように鳴いた。


──カツ、カツ、カツ……


場違いなヒールの音。

乾いたリズムで、一歩ずつ。ゆっくりと、しかし確実に──背後から迫ってくる。


「……?」


首を傾げたバルの背に、その気配は──ぴたり、と止まった。


「ふふ……いい仕事って、なんのことかしらん?」


耳のすぐ後ろ。

ねっとりと甘く、ぞっとするほど艶やかな声がささやかれる。


「ッッひゃああああああああああああああああああ!?!?」


バルは飛び跳ね、全力で振り向いた。

次の瞬間、目が凍りつく。


──そこにいたのは、漆黒と紫を基調にしたドレスの女(?)。


胸元には大粒の宝石、波打つフリル。完璧な巻き髪に、隙のないメイク。まるで舞台帰りの大女優──だが。


その布地越しに、明らかに主張していたのは“筋肉”。


──鎖骨から肩にかけて浮かぶ隆起。

──袖を突き破りかけた上腕筋。

──そして、ぴっちりと張り付いたボディラインから、ドレス越しに輪郭すらわかる見事な胸筋──まるで、ドレスの中で生き物が呼吸しているように盛り上がっていた。


「ばっ、化け物ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」


「まあ、失礼しちゃうわん。この変装するのに三時間もかけて仕上げたのよん」


妖艶に腰に手を当て、モデルのようにポーズを決める“彼(?)”。

その気配、その圧──まさしく、グラント。いや──


「グ、グ……グラ……」


「グラちゃんと呼びなさい。グ・ラ・ちゃ・ん♥」


艶やかな指先でくるりと髪をかきあげた。

濃密な香水がふわりと香る。


だが、首元から覗く鎖骨の影、そして胸元を飾るレースの隙間から浮かび上がる異様な大胸筋──まるで、可憐な装飾に潜む“鉄塊”のようだった。


「ひ、ひぃぃ……」


バルの声は引きつり、喉の奥で震えた。


「ぐ、グラちゃんは……な、なんでここに……?」


バルが恐る恐る問うと、グラちゃんは胸を張り、得意げに言った。


「そんなの決まってるじゃないの。娘の魔力の揺れを観測したのよ。心配になって……つい来ちゃったの♡」


「ついでに新刊の漫画──コホン、古文書も探したかったのよん♪」


グラちゃんは軽やかにバッグを揺らし、口元に艶やかな笑みを浮かべる。


「こ、古文書ッスか?」


「そそ♪“嫉妬した幼馴染が悪堕ちする”っていう展開が、今とっても熱いらしいの。資料は集めないとね♪」


腰に手を当てた瞬間、ドレスの内側で筋肉がぐぐっと盛り上がる。

タイツはすでに限界ギリギリ。パツパツに張り詰めたそれは、筋肉の暴発を必死に抑え込んでいた。


「ふふ、それじゃあ……娘のもとに急がないとっ。あら、それ、たい焼き?」


「い、いります……?」


「もちろん♥」


指先ひとつでたい焼きをつまみ上げ、そのまま口元へ。


──サクッ。


その一瞬、命を刈り取る刃が振るわれたかのような、異様な静寂が流れた。


「……あら、美味しいじゃない」


それは、甘味を楽しむ乙女の声のはずだった。

けれどバルの耳には、猛獣が獲物を食いちぎる音にしか聞こえなかった──。


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