第44話「はじめてのでぃと」
──天明寺・庭先。
リリスは縁側に座って、ひんやりとした風を頬に感じていた。
髪はいつもの黒、だが魔力の余韻はまだ微かに残っているようで、指先に触れる空気が冷たい。
そこへ──蓮が、静かにやって来た。
「……リリスさん」
「っ……!」
リリスは一瞬ぴくりと肩を揺らす。あの“変身”の件が脳裏をよぎり、思わず心臓が跳ねる。
「よろしければ、ご一緒に参道の甘味処へ……いかがでしょうか」
「……あ、ま……?」
「古い店で、落ち着いた雰囲気です。今日は“おはぎ”が出るそうで。ちょうど、彼岸明けの季節ですから」
蓮は変わらぬ丁寧な口調で、静かに誘ってくる。
(ま、待て……これはつまり、“でぃと”というやつではないのか!?)
(わ、我を……わたしを……“個別に”……!?)
(“一緒に出かけよう”などとっ……)
リリスの脳内では爆音で鐘が鳴り響いていた。
なのに、外見は凛とした表情を保っている。
「……う、うん……それくらい、つきあっても……」
(な、なんで普通のトーンで返してしまったのじゃーーーッ!!)
言い終わってから、自分でもびっくりするくらい“普通”な返答にリリスは内心転げ回っていた。
「……ありがとうございます」
蓮は変わらぬ柔らかな笑みで軽く頭を下げる。
──そのとき。
「師しょ──もごっ!?」
雅は音もなく肩を抱えられ、滑るように物陰に回収された。
「────今、一瞬雅さんの声が?」
蓮が首を傾げる。その耳には、たしかに何か叫びかけるような声が聞こえた。
だが──
「……き、気のせいじゃと思うが……な?」
リリスがわずかに目線を逸らしながらも、努めて平静を装う。
(よいか我よ、今は“でぃと”なのじゃぞ。余計な動揺は……)
そう、次に声が出たら──
「もぐぅっ!もがっ……バルさんっ!? ししょ──んむっ!」
縁側の柱の影、屋根の下──そこに、ススス……と引きずられていく小柄な影。
「しぃっ。今いいところ何ッスから───ね?雅っち」
低音ボイスで笑いながら、ぴったりと口を塞いでいるのはバルだった。
「!!~~~~きゅぅっ」
昇天し意識を失う雅を脇に抱えたまま、バルはクルッとターンして再び屋根の上にぴょん、と着地。
「……気のせい、ですね。では、参りましょうか」
「……あ、ああ……うん」
気を取り直し、ふたりは並んで門へと向かう。
──リリスの頬には、風の冷たさとはまた違う、ほんのりとした赤みが差していた。
(ま、待て……これは“手を繋ぐ”流れでは……!?)
(ち、違う。まだ早い! でも、でもっ……!)
リリスの心臓はずっと、“魔力解放時以上”の速さで鳴り続けていた──。
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