第4話「恋文、回収せよ。任務コード名:絶対見ないで!」
──それは翌週のことだった。
「そういえば、先日書かれた写経、ちょっと保管しておこうと思いまして」
蓮の口から、その一言が放たれた瞬間。
私は、凍りついた。
『写経』
あの日、心がふわふわしたまま、完全に“恋文”を書いてしまったあの紙。
やばい。
ちょっとじゃない。すごくやばい。
いやむしろ……もう、終わりでは?
「よければ、名前を書いておいていただけますか? どなたの作品かわからなくなるので」
「な、名前……!?」
つまり、これは──
“誰の恋心か”を証拠付きで彼に提出する案件だ。
何の宗教的修行がこんな危険な方向に行くの……!?
仏よ、お願い、今だけちょっと無慈悲であって!!
私はあの紙の行方を必死で探った。
本堂の端の引き出しに、数枚の写経が積まれているのを確認。
(あった……私の……!)
こっそり抜き取ろうと手を伸ばした──その瞬間。
「もしかして、これですか?」
蓮が、ふわりとそれを手に持って、こちらを見た。
ぎゃあああああああ!!!
顔が焼けるかと思った。
いやもう焼いて。炙って。存在ごと供養して……!
「これ、ちょっと詩的ですね」
「“天は清しき月のごとく”……って、なんだか歌みたいで」
「それは……えっと、仏の言葉をベースにしつつ……ちょっと、アレンジを加えて……!」
「ふふ。オリジナリティがあるのは良いことですよ」
「この“映る人の笑み”って……誰のことなんでしょうね」
(えっっっっ……!?!?!?!?)
(今!それ本人が読む!?)
(ちょ、まっ──)
私は無言で、筆を持ったまま硬直していた。
すると、蓮はふわりと笑った。
「なんだか、心が温かくなりますね。こういうのも、仏の慈しみ、でしょうか」
……え?
あれ……怒ってない? ひかれてない?
え、ちょっとむしろ……ほわっとしてる?
「この詩、仏間の掲示板に貼ってもいいですか?」
「──やめて!!!!!」
反射で叫んでしまった。
「え?」
「だ、だめです! これ……これは、極秘! まだ試作段階で!!」
「なるほど……では、完成したらぜひまた」
「……あ、うん……」
……セーフ……か?
いや、アウト寸前では……?
そのあと、私は「うっかりミスで汚れた」と言い訳して紙を回収。
無事に“恋文”の証拠は処理できた……はず。
だけど──
最後、蓮が見せたあの笑顔。
もしかして……ちょっと、何かに気づいていたのかもしれない。
いや、気づかれてない。
たぶん。
きっと。
……お願い、気づかないで。
──任務完了、感情は未収束。
リリスの「気づかれていない」恋心は、さらに深まっていくのであった。