第36話「右目が疼くっ…」
─朝の天明寺。
境内を掃いていた蓮が、門の前に立つ黒髪の少年に気づく。
「えっと……こんにちは?」
「突然すみません。昨日のことで、謝罪に伺いました」
深く頭を下げたのは、先日の騒動でリリスに“悪霊退散”を叫んだ少女の弟──香だった。
彼の手には、丁寧に包装された紙袋がある。
「姉が勝手に突撃して……迷惑をかけたので。これは、その、お詫びで……」
「あ、ありがとうございます………?」
蓮がそう言って目を向けると、香がうしろを振り返って叫んだ。
「こら!雅ねぇ! 隠れてないで、ちゃんとこっち来て!!」
「ひゃいっ!? で、でもぉ……!」
声の主は、門の石垣の影。ちらりと見えたのは、昨日のお札少女──雅だった。
「せっかく謝罪しにきたんだからっ!」
「うぅ……悪霊さんの前に立つのはまだ早いですぅ……!」
「もう、だーっ!! とにかく出てこい!!」
香が腕を掴んで引きずるように連れてきたその姿は、今日も新作の自作護符まみれ。
蓮は苦笑しながら紙袋を受け取る。
「わざわざありがとうございます。でも、そこまで気にしなくても──」
「いや、いやいやいや! 本当に、すみませんでした!」
香が必死に頭を下げる横で、雅はずっとしょんぼりと目を合わせず、小声で呟いた。
「……でも、やっぱりただの人間じゃないんで、です……」
その言葉に、リリスがぴたりと動きを止める。
「……ほう?」
「ピッ!…う、…後ろに、何かが見えるん、ですぅ……黒くて……ゆらゆらしてて……」
リリスがじとりとした目で雅を見つめる。
「……また妙なことを」
「でもっ、本当にっ!」
そのとき──
「もしかして"魔力"が見えてるんじゃないッスか?」
ひょこっと顔を出したバル。
天然笑顔で手を振りながら、リリスの背後から姿を現す。
「「「……魔力?」」」
蓮・香・雅、三人がほぼ同時に声を揃える。
「魔力……!」
「魔力!?」
その言葉に、雅の中で何かが弾けた。
「…………っはっ!」
バッと顔を上げる雅。眼鏡がズレたまま、目を見開いて震える。
「ま、まさか……この“視える力”……本当にッ……!」
手を組み、ぐるぐると目を回すように天を仰ぎ──
「封じられていた我が血の力が、今……目覚め始めた……ッ!?」
「うわ来た!暴走モードだ!」
香が後ろから羽交い締めしようとするが、雅はスルリとかわし──
「私のこの右手が……うずくっ……っ!」
右手を胸に当て、ブルブル震え出す。
「は、波動が……逆流して……!」
「波動ってなんだよ!てかどこ情報だよ!」
香の悲鳴が空しく響く中──
雅はバッと指を突き出す!
「……“貴様”、ただ者ではないですね……!」
指差されたのは、リリス。
リリスはゆるりと目を細める。
「ふむ……魔力が見える……か」
「いやぁ、まさか魔力が見える人間がいるとはッスねぇ…しかもこんなちんちくりんな女の子…」
バルが後ろで笑っていると──
「ちょっと、そこの召喚獣っぽいのも怪しいっ……です!」
「召喚獣!?」
バルがビシィッと指差されて仰天。
「オレ、生まれも育ちも魔界っスけど、見た目だけで判断されるの、ちょっと傷つくっスよ〜!」
「魔界……って、やっぱり!!」
雅の中で、さらに中二スイッチが加速する。
「私はずっと……信じてきたんです……異界の扉は開かれているって……!」
「こら待て!そんな話、家では一度もしてないだろ!!」
香が怒りながら雅の腕を引っ張るが、雅はうわごとのように続ける。
「七つの封印、十三の契約……そして“魔法”──!!」
「いやもう何言ってんだよホントに!!」
蓮がついに苦笑しながら手を挙げる。
「とりあえず、落ち着いてください。……リリスさんは悪霊なんかじゃありませんから」
「……しかし、波動が……」
──その時。
「ふむ………少し試してみるか」
その瞬間──リリスの背後で、魔力がほんのり揺らめいた。
雅はリリスの放つ淡い魔力の波動に、ぽかんと目を見開いたまま立ち尽くしていた。
「……すごい……です……」
リリスは、じとりと見つめる。
「なんじゃ。今度は何が見えたと言うのじゃ?」
「これは……これはもう……まさしく……!」
雅が震える手を合わせ、ぱっとリリスに向き直った。
「──師匠!!」
「……は?」
全員が固まった。
「へっ!? いきなり師匠昇格っスか!?」
「また始まったよ……もうヤダこの姉……」
雅はひざまずくようにして、リリスに両手を差し出す。
「ずっと感じてたんです……昨日の“霊気”──いや、魔力! あれはただの悪霊じゃない……! 崇高なるエネルギーの奔流……!」
「……悪霊とか言ってたのはどこの誰じゃ」
「私はずっと誤解してたんです……でも今は分かります……」
雅はリリスに向かって深々と頭を下げる。
「リリス師匠……私、ついていきますっ……!どうか、この力を……導いてくださいっ……!」
「……余はそなたの師匠になった覚えなどないが」
──こうして、リリスに対して謎の信仰心を抱いた華山 雅は、勝手に「弟子」と名乗って、翌日から天明寺にちょくちょく通い始めるようになるのだった。
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