第35話「 自称・霊能力者、天明寺に突撃す!」
──ある日、商店街の片隅にて。
茶色のボブカットに丸眼鏡の少女・華山雅は、誰にも気づかれぬよう壁際に身を寄せて震えていた。
(ううっ……陽キャ怖い、陽キャ怖い……でも助け……ないと……です)
目の前では、二人の若い男が少女──リリスにしつこく絡んでいた。
だが、次の瞬間だった。
周囲の空気が、ふっと冷たくなる。
肌を刺すような寒気と共に、何か“視えてはいけないもの”が、彼女の背後に浮かび上がったように感じられたのだ。
(……霊? い、いや、あれは……)
雅の脳裏に、これまで読んできた数々の霊能書籍と、薄暗い夢の記憶がよぎる。
──そして彼女は確信した。
「あれは……この世の者では、ないん……です……!」
その夜──華山家。
「……ただいま、です……」
玄関の扉がそっと開き、雅がそろりと帰宅した。
「……おかえり、ねぇちゃん」
奥の部屋から顔を出したのは、弟の香だった。
清潔にまとまった黒髪に、淡々とした口調。そして手には洗濯カゴ。
「……忙しくなる……です!」
雅は視線を合わせずに早口で言い、ガララッと自室の扉を開けて──
そのままバタンッと勢いよく閉めた。
「……」
香は数秒無言でドアを見つめ、そして、ふぅと小さくため息をついた。
「また、なんか変なことを始めたな、あれは……」
部屋の中からは、紙の音と筆ペンの走る音が聞こえてくる。
どうやら今度は何かを製作中らしい。
「………今度は誰に迷惑かけるつもりなんだ……」
華山雅は、自室の机の前に正座し、祓い札の束を手にしていた。
「こ、これ以上見て見ぬふりなんて……霊能力者としての名折れ…です!」
霊感の血を受け継いだ(と本人が信じている)自分が、見過ごしていい現象ではない。
雅は夜通し描いた自作の霊符を、髪に、袖に、腰にまで貼り付けて気合いを入れた。
目的地は──黒い霊の気配が消えた場所。
そう。天明寺である。
「や、やってやるっ…です──!」
* * *
その日、天明寺の朝は穏やかだった。
「ふぁ〜……今日も平和っスね〜。」
縁側で朝の風を浴びながらお茶をすするバルと、同じく静かに座すリリス。
まったりとした時間が流れる中──
「悪霊、覚悟ぉぉぉぉ……! ですッ!!」
その平穏を破るように、門が勢いよく開かれた。
バルが驚いて茶を吹き出す。
「っぶ!? な、なんスか今の叫び声……!?」
現れたのは、全身お札まみれの少女──華山 雅だった。
紙の結界を額に貼り、両手には“聖なる巻物”を握りしめている。
「出てきなさいっ……霊よっ!! この霊能力者・華山雅が、祓ってみせるんで……です!!」
あまりの気迫に、しらたまですら一目散に逃げ出した。
「……なんじゃ、あれは……」
縁側から顔を出したリリスが、怪訝そうに目を細める。
「出たな悪霊──!」
雅が指差したのは、まさにリリス本人。
腰を引きつつも、必死に印を切る。
「き、昨日……商店街であなたの周囲に黒い気が渦巻いていたの、確かに見たんで、です……!
あれは生霊、怨霊、いや──悪霊の力ッ!!」
「──は……?」
リリスの目が半眼になる。
バルが耳打ちした。
「たぶん、リリス様の魔力が漏れてたやつっスよ……」
「ふむ……なるほど、誤解というやつか……」
ぼそぼそとそんな会話を交わしている間にも、雅は完全に舞い上がっていた。
「観念しろっ……陰の者よっ!! 退っ──」
「……あああああっ! 何やってるんだ、バカ雅ぃいいい!」
慌てて飛び出してきたのは、雅の弟、香。
どうやら彼女の突撃は、これが初めてではないらしい。
「また人様に迷惑をかけて、帰るぞバカ雅っ!」
「は、離してくださいっ……ここに悪霊が……いる、ですぅぅぅぅ!!」
そのまま香に拘束されて引きずられていく雅。
しかし目は決して諦めていなかった。
(……ま、間違いないんで、です……あの人──ただの人間じゃない……)
涙目を浮かべながら見上げるその先には、ぽかんと彼女を見つめるリリスの姿があった。
──こうして、自称霊能力者・華山 雅とリリスは最悪の(?)形で出会いを果たした。
気に入っていただけたら、評価・ブクマで応援してもらえると嬉しいです。




