第33話「魔王候補と僧侶」
静寂が、月の光と共に境内を包み込んでいた。
告白の言葉を口にしたリリスは、ほんの一瞬、目を伏せる。
───蓮の顔を見るのが、少しだけ怖かった。
「魔王候補……?」
リリスはこくりと頷く。
「うむ。我は……次代の魔王を担う者として、定められた使命のもとに人間界へ来た」
月明かりに照らされた横顔に、静かな影が落ちる。
「“魔王”になるには、この世界のどこかにあるという《選定の宝》を見つけねばならぬ。長きに渡り語られてきた、魔王継承の条件じゃ」
そう言って、リリスはそっと空を見上げた。
「……そして、この"テラ"──いや、天明寺に“鍵”となる何かがあると睨んでいた」
「鍵……ですか?」
蓮の声は静かだった。驚きよりも、理解しようとする静かな響きがあった。
「それが何かは、我にも分からぬ。形あるものか、あるいは……」
リリスは目を伏せ、ほんの少しだけ肩を落とした。
「……ただ、それを探す使命を受け、この地へ来た。それだけで──」
言葉を切り、ふっと目を閉じる。
「……それだけで、良かった」
「それだけで……?」
「──ああ。そなたに、このような話を打ち明けるつもりなど、なかった」
リリスは顔を背けながら、ぽつりとこぼす。
「……だが、そなたとこうして共に日々を過ごすうちに──」
言葉を探すように、リリスは小さく息をのむ。
「……このままずっと、何も言わずにいてもいいのではないかと……思ってしまった」
その声はかすかに揺れ、どこか自分を責めるようだった。
リリスは胸元に手を当て、そっと押さえる。
(……でも)
風が静かに吹き抜け、枝葉がかすかに揺れる。
「──それでは、前に進めぬと、思った」
かすれた声だったが、その芯には確かな意志があった。
(この胸の疼きは、きっと……)
熱く、切なく、苦しいような、この感覚は──
(……でも、私は──魔王候補“リリス=ヘルバウンド”)
心の奥で、もう一人の自分がそう告げる。
使命と感情、その狭間で揺れる自分を、リリスはまっすぐ見つめていた。
沈黙が落ちる。
月光が、二人の間にそっと降りてくる。
「……話していただき、ありがとうございます」
蓮の声は、優しく穏やかだった。
「魔界とか、魔王候補とか……すぐには理解できません。でも──」
彼はそっと目を細めて、リリスに微笑んだ。
「……僕にとっては、あなたが“リリスさん”であることに変わりありません」
リリスの肩が、わずかに震える。
「……そなたは、やはり……変な男じゃ」
「ふふっ……そうかもしれませんね」
境内を渡る夜風が、木々の梢を鳴らす。
月は静かに、空の高みから二人を見守っていた。
「───この天明寺に“鍵”があるかどうか、確かなことは分からぬ。だが……もう少し、この地にいても良いか?」
「もちろんです。……ずっといてくれて構いませんよ」
「ず、ずっと……」
リリスが咳払いして目を逸らす。
「……まぁ、当面の間じゃ」
ふたりの距離はまだ遠く、不器用なままだ。
それでも──月はやさしく、二人を照らしていた。
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