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第30話「だが断る」

「花子殿、此度は助かった。……感謝する」


リリスが丁寧に頭を下げると、虎柄エプロンのおばちゃん──花子は手をひらひらと振った。


「いいのよぉ〜、こっちも楽しかったし♪ 若い子と喋るの、久しぶりだったから!」


「……そ、そうか。……ならば良かった」


照れくさそうに視線を逸らしながら、リリスは買物籠の中を確認する。

そこには、醤油がきちんと収まっていた。


(……ふふん、任務完了じゃな)


胸を張るリリスを、花子がくすりと笑って見送る。


「気をつけて帰るのよ〜?彼氏さんによろしくね。」


「ち、違うったら!バイバイ!」


顔を真っ赤にして手を振って別れたあと、リリスは再び夕暮れの商店街を歩き始めた。




──そして、商店街の端にさしかかったときだった。


「ねぇねぇ、ちょっと君ぃ〜」


「ひとり? ひとりだよね? 散歩? それともお買い物?」


突然、横から話しかけられ、リリスはびくっと肩を震わせた。


見れば、若者二人がにやにやとした笑みを浮かべ、距離を詰めてきた。



「よかったらさ〜、ちょっとだけお茶でも──」


「……我は、買い物を終えたばかりゆえ、そちらに構っている暇などない」


「そんな事言わずにさぁ〜。」


「なんか、めっちゃ美人じゃね? !ちょっとだけ──」


リリスの眉が、すっと上がる。


「……暇はないと言っておるだろう。」


「お〜、ツンデレ系か? こういうの燃えるんだよな〜」



「…………」


リリスは思い出した。数ある古文書の中の一冊にあった──スマートな拒絶の極意。


「ねぇねぇ、いいじゃん♪ほら、そこのカラオケ屋に──」



「だが断る。───このリリス。最も好きなことのひとつは、自分で強いと思っているやつに『NO』と断ってやることだ!!」




──決まった。





「……はぁ? なに言ってんだ、こいつ……」


片方の若者が眉をひそめて呆れたように言うと、もう一人は吹き出した。


「“だが断る”って……なんかマンガかなんかのセリフじゃね?」


「むっ……!」


リリスの頬がかすかに引きつる。


(ま、間違っておるのか!? いや、あの古文書には相手からの要求にはっきりと断るときに使っていたはず……。)


「えっと……人間界では、“だが断る”では通じぬのか?」


「いや、通じるけど意味わかんねぇよ。」


「なっ……!」


リリスの頬が赤くなる。羞恥と困惑が入り混じり、ついには言葉を詰まらせる。


「ま、いいじゃん。ほらその荷物持ってあげるって─」


ニヤニヤしながらリリスから買物籠を奪うと、手をグイッと掴んだ。




「おい、貴様。───触れるな。」


吐息が白くなる。周囲の空気が、明らかに冷えた。


「ひっ……なんだよ、急に寒っ……」



「これ以上我に────」


「彼女に触れないで頂けますか?」



低く静かな声と共に、男の手首ががしりと掴まれた。


「──っ!?」


リリスの腕を掴んでいた若者が、驚きに目を見開く。


その横には、いつの間にか現れていた蓮の姿。


夕暮れの光を背に、落ち着いた目でじっと男を見据えていた。


「だ、誰だよ……あんた、関係なくっ……」


「───彼女から、離れてください」


静かな口調とは裏腹に、蓮の指にこめられた力は鋼のようだった。


「いててててっ、わかった! 離すってば!!」


慌てて手を放し、後ずさる若者。


「や、やべぇこいつ……!」


「ちっ、行くぞ!」


捨て台詞を残し、二人はそそくさと逃げていった。



──その直後。


「この買物籠も返してもらうッスよ〜〜!」


どこからともなく現れたバルが、男の手からひょいっと買物籠を奪い返す。


「よしっ、無事っスね! 醤油も無事っス!」


にこにこ笑顔でリリスに籠を差し出すバル。


「ば、バル……」


ぽかんと立ち尽くすリリスに、蓮が声をかける。



「……リリスさん、大丈夫でしたか?」


蓮が振り返ってそう問いかけた時、ようやくリリスは我に返る。


「……な、なんじゃ……そなたら……な、なんでここに……」


「心配で様子見に来たんスよ。やっぱり来て正解っスね!」



バルが元気よく笑うのとは対照的に、リリスの顔はどんどん赤くなっていく。



「べ、別に一人で買物ぐらい平気じゃ!か、帰り道で少し変な奴らに話しかけられただけで…」



言い訳のように呟くリリス。



バルは買物籠を脇に抱え、両手を後ろで組んで首をかしげるように笑った。



「しかし、蓮兄ぃ足速いッスね〜。リリス様が変な奴らに絡まれた瞬間、目の前から消えたっすよ! スッ……て!」


「……っ!」


リリスは、思わず蓮の横顔を見上げる。


「……そ、それって………心配してくれたのか? 蓮……」


蓮は一瞬だけ目を逸らし、そしてぽつりと呟くように言った。



「……当たり前じゃないですか。

あなたは──僕にとって、大切な人ですから」





リリスの心臓が──跳ねた。


「あ、ぁぅ………。」




──心臓の音が、まるで自分の耳元で鳴っているかのように響いた。

息をするのも忘れそうで──ただ、胸が苦しい。




「さぁ、帰りましょう──」


蓮の穏やかな微笑みが、どうしても直視できなかった。


「……うん」


そっと、蓮の服の袖を指先で掴む。


───胸の鼓動は、まだ落ち着きそうになかった。





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