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第29話「虎柄のエプロン」

夕暮れ前の商店街。

ひとりの少女が、場違いなほどの気品と美貌をまとって立っていた。


琥珀の瞳。整った顔立ち、流れるような黒髪。

古風な装いも相まって、ただ立っているだけで目を引く。


通りを行く者たちは、皆一様に足を止め──

その姿に見惚れ、ため息を漏らした。


少し不安げに周囲を見回す姿は、どこか小動物のようで──


「(……人間界の市街地、“しょうてんがい”。ここで“ショーユ”を買えばよいの……だが)」


気合いだけは十分だった。

勢いよく出てきたはいいが、足取りはぎこちなく、あっちへウロウロ。こっちへウロウロ。



「……どこにあるのじゃ、"ショーユ"……!」


あわあわと商店街内をを行ったり来たりするリリス。

完全にパニックである。


そこへ──


「あらやだ、こんなところに美人さんがいるわぁ〜!

何かお困りかしら?」


近くの八百屋から現れたのは、虎柄のエプロン姿のおばちゃん。


リリスはびくっと身を固くする。


「お、おぬし……我に何か用か?」


「用だなんてとんでもないわよ〜! ちょっと見ない顔だから気になっちゃって♪」


「う、うむ。実は……“ショーユ”というものを買いに来たのだが、場所が分からぬ」


「な〜んだ! 醤油ならお隣のスーパーよ。ちょっと待ってなさい、私も今行くから一緒に行ってあげるわ!」


「なっ……!? よい、我ひとりで──」


「だ〜めだめ! 女の子をひとりで迷わせるなんて、あたしが許さないんだから♪」


腕を引かれ、勢いよく引っ張られていくリリス。


(な、なんだこの圧力……! しかも……なんか、悪くない……?)


スーパーの自動ドアが、すぅっと開く。


──シュウゥ……。


「ここが“すーぱー”……!」


一歩踏み入れた瞬間、リリスの瞳が見開かれる。


棚にずらりと並ぶ、見たことのない品々。

カラフルなパッケージ、異様なまでに冷たい風の吹き出す謎の箱(冷蔵コーナー)、天井からは軽快な音楽まで流れてくる。


初めて見る異界のような光景に、リリスは思わず息を呑んだ。


「ふふふ、驚いちゃった? 最近のスーパーはねぇ、ほんと便利なのよ〜♪」


おばちゃんは慣れた足取りでリリスを引っ張っていく。


「さーて、お醤油はね〜、このへんの棚よ。ほらほら、見てごらんなさい?」


「おおお……」


目の前には、“醤油”と書かれた無数の瓶がずらり。

サイズも色もラベルもまちまちで、どれも同じに見えるが、全く同じではない。


知らぬ間に、手に持っていた買い物かごをぎゅっと握る。


「で? どんなお醤油がお好みかしら?」


おばちゃんがにこにこしながら覗き込んでくる。


「むっ、その……なんだ……」


リリスは少しだけ視線を落とし、口元をごにょごにょと動かした。


「蓮が……夕餉の支度中に“ショーユがなくなった”と言っていたのでな。同じものを買おうと思うのだが……よくわからんのだ」


「──あら、彼氏さん?」


「ち、ち、違うっ!!」


思わず裏返った声に、店内の空気がほんの一瞬だけぴたりと止まった気がした。


「えっと、そのっ、蓮は……“まだ”彼氏とか、そういうのではなくて……!」


「──あらあらぁ〜、初々しいわねぇ♪」


「だーかーらっ!!」


思いきり赤くなった顔で、リリスは手を振って否定する。


「でもぉ、彼のためにお醤油を買いに来て、同じのを選びたいって……じゅ〜うぶん“好き”ってことよねぇ〜♪」


「す、好きとかじゃなくってっ!! そ、その……日々の恩返しの一環というか、その……!」


「うふふふふふ〜〜♪」


「もうっ!!」


スーパーの一角には、リリスの叫びと、おばちゃんの陽気な笑い声が響き渡っていた。



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