第19話「都会は魔境ッス!」
──人間界・東京都郊外、昼下がりの公園。
蝉の声がひとしきり鳴き終え、風が一瞬だけ止んだ午後。
ベンチに、真っ赤な髪の青年がひとり、ぐったり座っていた。
赤髪に鋭いツリ目、耳にはピアス。鋭い見た目に反して、その目元は……涙ぐんでいる。
「ぐぅぅ……なんで、なんでオレがこんな目に……」
彼の名前はバル。魔界第七層に仕える、グラント直属の任務部隊所属。
そして今、彼は手元の紙を睨んでいた。
それは、グラントが自ら描いた「任務用・人間界地図」だ。
くしゃくしゃの地図には、こう記されていた。
『インド料理屋を見つけたら右へ』
「……いや、インドって何ッスか……?」
真顔でつぶやいた。
「“インド”って、果物スか? 兵器? 方向音痴用の暗号?
てか、“右”って、どこから見て右ッスか……?」
地図はガタガタで、四隅が丸く折れ曲がり、赤いクレヨンで描かれた謎の線が踊っている。
その中央に書かれていた、“ゴール地点”はこうだ。
『テラ(←リリスがいる場所)』
「うぅ……こんなんで辿り着けるワケないッスよぉ……」
涙がこぼれそうになったその時──
「おにいちゃん、なんで泣いてるの?」
ふと見上げると、麦わら帽子の小学生の女の子が心配そうに覗き込んでいた。
「な、泣いてないッス! 汗が……目に入っただけで……!」
「でも、涙出てるよね?」
ぐうの音も出ない。
少女はバルの手元を覗き込んで、首を傾げた。
「それ、地図? ……ふーん……インド料理屋を見つけたら右へ……へんなの」
「そ、そういう言い方はちょっと……グラント様の直筆なんスよ……」
「うわ、めっちゃ下手……」
「言っちゃったああああ!!」
少女は地図をしげしげと見つめたあと、ぱっと顔を上げた。
「うーん、もしかしてテラって天明寺のこと?」
「たぶん、そうッス!」
「それならうちの近くにあるよ。ついでに案内してあげる!」
「えっ、マジッスか!? ありがたき幸せ……!」
少女は迷いなくバルの手を取り、スタスタと歩き出す。
「さ、行こ!」
「オ、オレ女の子と……手ぇ繋ぐの、初めてなんスけど……!」
──そして、しばらく歩いたあと。
見上げるような山門と、風鈴が鳴る縁側が現れた。
「ここだよ」
「うおおおおッ……! ついに到達したッス……!」
少女は手を振りながら走って去っていく。
「ま、またなッスー!」
バルは地図を見下ろし、小さくため息をついた。
「“インド料理屋を見つけたら右へ”……まさか、ほんとに合ってたとは……」
彼はそっとポケットに地図をしまい、顔を上げた。
──そのとき、寺の奥からふと聞こえた声。
「……リリスさん、しらたま見つかりました?」
バルの背筋がビクッと跳ね上がった。
「ッ!!」
──リリスの名前。
そして、その隣から聞こえる、落ち着いた、低めの男の声。
バルは、ゆっくりと振り返る。
縁側の先、木漏れ日の中に立っていたのは──
整った顔立ち、柔らかな黒髪、涼やかな目元。
白い作務衣をまとい、静かに微笑むひとりの男。
「……あれが……リリス様の“男”……!?」
脳内でグラントの声が蘇る。
『娘に男がいれば──物理的に消滅せよ』
バルの目がギラリと光った。
「ミッション、発動ッス……!!」
気に入っていただけたら、評価・ブクマで応援してもらえると嬉しいです。