第17話「箸より重い恋心」
朝食の時間。
ちゃぶ台の上には湯気の立つ味噌汁、焼き魚、そして──箸。
リリスは箸に手を伸ばせず、代わりにスプーンで味噌汁をすくっていた。
(……昨日のこと、絶対忘れておるわけではないよな? なにか……気づいて……)
ちら、と向かいの蓮を見やる。
蓮はいつも通りの柔らかな表情で、箸を使って焼き魚の身をほぐしていた。
(……な、なんだその自然な所作は……)
もう一度、ちら。
すると、目が合った。
「リリスさん、箸、使ってみませんか?」
「っ! な、なにを言っておる!」
「さっきから、ずっと僕の手元見てましたよね?」
「ち、ちがっ……! いや、そうだ! それを知りたかったのだ!」
慌ててスプーンを置き、箸を手に取るリリス。
(落ち着け……昨日のようなことにならねばよいが……)
向かいに座る蓮は、いつも通りの柔らかい笑顔を浮かべていた。
(……なんで何事もなかったみたいな顔ができるのだ、あやつは……)
「いただきます」
「い、いただきます……」
そう言いながら、リリスは箸を持つ手に力が入る。
焼き魚の身をつまもうとするが、箸がぐらりと滑った。
「っ……!」
「リリスさん、箸の持ち方……もしかして、あまり慣れてないですか?」
「う、うるさい! 魔──……生まれ故郷には、そんな文化はないのだ!」
言いかけて、慌ててごまかす。
蓮はクスリと笑って「よかったら、教えましょうか」と言った。
「えっ、そ、そこまで手間をかける必要は……」
「難しくないですよ。こうやって……」
蓮が移動し、リリスの隣に座る。
「ちょっと失礼します」
そう言って、彼の手がリリスの手にふれた。
指先が、そっと添えられる。
「こう持つと、力を入れずに挟めるんです」
(ち、近い……!)
リリスの心臓が、ばくんと跳ねた。
目の前で真剣に説明している蓮の顔。
(な、なぜ顔が近い! これは、ただの教育! 教導! 精神の試練!!)
レンの指が、そっと彼女の人差し指を押さえる。
「ここがちょっとずれてます。あ、そうそう、そこです」
その瞬間、ぴたりと目が合った。
「……っ」
「……あっ」
お互い、ほんの一瞬の沈黙。
「だ、大丈夫だ! 我にはこのくらい余裕……ないッ!!」
リリスは顔を真っ赤にして座布団から飛び上がった。
蓮はびっくりしながらも、どこか楽しそうに微笑んでいる。
「えっと……ご飯、冷めますよ?」
「し、知っておるわ!」
リリスは座布団を正して座り直したが、顔の赤みはしばらく引かなかった。
また、蓮の耳に赤みがさしていた事はしらたまだけが知っている。
にゃぁ~
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