第16話「色仕掛けの禁呪(レガシー)」
──翌朝
台所で味噌汁の湯気を眺めていたリリスの脳裏に、ふと一冊の古文書がよみがえった。
──『人間界攻略読本・第八版(千年前発行)』
その中に、確かにこう書いてあった。
『人間は欲に弱い。特に“色仕掛け”は有効な戦略とされている』
(……これだ)
あの夜の屈辱。気絶し、抱きとめられ、記憶が薄れるほどの羞恥。
そしてあの無防備な鎖骨と水滴──いや、違う。
これは反撃である。魔王候補としての威信をかけた反攻作戦なのだ。
「ふふ……よいか、レン。今宵、貴様をドキドキさせてくれようぞ」
その夜。
リリスは勝負服(と自称する黒のロングコート)を羽織り、化粧品もどこかで調達していた。
姿見の前で真剣にポーズを取る。
「……うっふーん♡」
「……あっはーん♡」
腰に手をあてて、角度を変え、首を傾ける。
「……くっ、これが古文書にあったお色気のじゅ……つ…」
そのとき──
ガラリ。
襖が開いて、蓮が顔を出した。
「リリスさん、さっき台所に──」
静止。
リリスと蓮、目が合った。
変なポーズのまま固まるリリス。
「…………」
「…………」
「……………違うのだ、これは……」
「……す、すみません……!」
蓮は勢いよく襖を閉めた。
その場にしゃがみ込むリリス。
「終わった……社会的に……いや、人間界的に……」
扉の向こうで、リリスの気配が静かに引いていく。
(……リリスさん、今の……)
顔を手で覆いながら、蓮はほんの少しだけ頬を赤らめた。
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