第14話「湯けむり、不可視の煩悩」
夕暮れ時、寺の廊下にしらたまの鳴き声が響いた。
「どこへ行った、ちびすけ……また勝手に歩き回って……」
そう呟きながらリリスはしらたまを探していた。
廊下の突き当たり、ふだん入らない脱衣所の前で、しらたまが引き戸をカリカリしている。
「……おぬし、まさかその中に──待て、そこは入るべき場ではない!」
引き戸がふわりと開いた、その瞬間。
「──あ」
白い湯気の向こうから現れたのは、湯上がりの蓮だった。
髪はしっとりと濡れ、タオルで軽く首元を押さえている。
上半身は素肌のまま、肌には水滴が光り、鎖骨が……
(……え、ちょ、ちょっと待って……え? なにあの鎖骨。水滴って反則じゃない!? ていうかえ、なにこれ、わたしどこ見てる!?)
「リリスさん? どうかしましたか?」
「なっ……っ! ち、違うっ! 決してそのような破廉恥な目的でここに来たわけでは──!!」
顔が熱い。心臓が跳ねる。目線をそらせない。
でも見てはいけない気がする。いやでも、見てしまってる──
(うわあああ! なんでこのタイミングで出てくるの!? 湯気仕事しろってば!?)
「……しらたまを探してたんですか?」
「そ、そうである! この者が勝手に……! そなたこそ、何ゆえそのような格好で……」
「え? お風呂上がりだからですけど……」
「ふ、ふんっ……そうか、ならば仕方ないな……。我は別に、なんとも思っておらぬぞ」
(いや思ってる。めちゃくちゃ思ってる。記憶から消したい……いやでもちょっとだけ残っててほしい……ってなに考えてるの!?)
しらたまが蓮の足元で「にゃあ」と鳴いた。
リリスは顔を背け、一歩下がろうとした──その瞬間、足元にしらたまがすり寄り、バランスを崩した。
「──わっ……!」
めまいと混乱と熱で意識がぼやけ、視界がぐらりと傾く。
(え、やば……なにこれ、くら……)
そのまま前に倒れかけ──
「リリスさん!」
蓮の腕が素早く伸び、しっかりと抱きとめた。
湯気の中、蓮の肌の温度と水滴の感触がじかに伝わる。
(ちょ、近っ……な、なにこの距離……というか触れて……)
「大丈夫ですか? 顔が赤いようですが……」
(……無理無理無理無理……)
ぷつん、とリリスの思考が途切れ、その場で脱力した。
「……リリスさん?」
その後、客間の布団に寝かされたリリスは、しらたまに見守られながらうわごとのように呟いた。
「……な、なんじゃあの鎖骨……」
「見てないし……見てないし……ちょっとしか、見てないし……」
うなされたまま、リリスはふたたび気を失う。
しらたまがその横で「にゃあ」と一声鳴き、そっと添い寝をする。
ストックが尽きるまで1日2回更新します。(7:00/22:00)
お読みいただきありがとうございます!