第11話「名前、それは小さな矢印」
朝の縁側。
今日も、猫は蓮の膝に当たり前のように乗っていた。
蓮の指先が優しく猫の頭を撫でるたび、「ニャア」と甘えた声が響く。
私は柱の陰からその光景をそっと見ていた。
(……いや、別に気にしておるわけではない。ただ観察しているのだ……猫の動き、猫の生態。断じて羨ましいなどと──)
「リリスさん、おはようございます」
「ぬっ……! お、おはようである……!」
(し、心臓がとび出るかと思ったではないか……!)
蓮は、いつもの穏やかな顔で立っていた。猫を腕に抱いたまま。
「ちょうどよかった。ちょっとお願いがあるんです」
「……お願い、とな?」
「この子、名前がまだなくて。よかったら、リリスさんがつけてくれませんか?」
「なっ、我が……名を……?」
突然の提案に戸惑いながらも、私は猫と視線を合わせる。
猫は蓮の腕の中から、こちらをじっと見つめてきた。
(ふん……小賢しい眼差しよ。まるで“ほら、名付け親になる気になったのでは?”とでも言いたげだな)
私は猫に向かって、スッと背筋を伸ばす。
「よかろう。我が名を賜る栄誉を受けよ。感謝するがよい、毛玉め」
猫は軽くあくびをして、再び蓮に頬をすり寄せた。
「……いや、名付けるって言ったの私だけど、なんか腹立つな……」
「今、何か言いました?」
「い、いや、なんでもないわっ……」
私は膝を折り、猫と視線を合わせる。
ふわふわした毛、つぶれたような耳。お腹は妙に白くて丸い。
(……昨日、スマホで“人間界の甘味”を調べていたときに出てきた、あの……)
(ぷにぷにしてて、丸くて、白いやつ……なんだったか……そう、“しらたま”)
「……ふわふわで、腹が白いゆえ……“しらたま”とでも、呼んでやろうか」
「しらたま、可愛いですね」
蓮が微笑む。
その笑顔に思わず、息が詰まった。
(ち、ちがう……っ!今のはつい口から出ただけだ……! “しらたま”などと、正式に命名したわけでは……!)
猫──いや、“仮・しらたま”は、またこちらを見た。
今度は勝ち誇った顔ではなく、ほんの少しだけ、得意げな顔。
私は眉をひそめて言った。
「ぐぬぬ……いい気になるでない。貴様の名が定まったからとて、我の信頼を得たなどと思うなよ……!」
「……え、リリスさん、今のって猫に?」
「ふんっ、猫に決まっておるだろう」
レンは思わず、クスリと笑った。
「リリスさんって、やっぱり優しいですね」
「や、優しくなど……っ! 我は断じて……!」
リリスはぷいと顔をそらし、耳の先を赤らめた。
ストックが尽きるまで1日2回更新します。(7:00/22:00)
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