第10話「恋敵、それは猫」
午後の光が差し込む静かな時間。
掃き掃除を終えた私は、縁側の角を曲がろうとして──ふと立ち止まった。
その先に、蓮がいた。
スマホを耳に当てて、誰かと話している。
背中越しだから表情は見えない。けれど、声ははっきり聞こえた。
──「うん……そうだね、最近、気になる子がいてさ……」
(……え?)
私はピタリと動きを止めた。
(気になる子?)
蓮の声は続く。
「なんというか、近くにいるんだけど、ちょっと変わってて……」
(え?だれ!?)
「最初は正直、戸惑いしかなかったんだけど……」
(私!?違う!? 近所の誰か!?)
「……でも最近は慣れてきて、こっちから声をかけたくなるというか……」
(え、え、私?いや違う……でも!?)
私はそっと柱の陰に隠れた。
でも、聞こえてくる声を止めることはできなかった。
蓮「……だから、この猫にそろそろ名前つけたくなってきてさ」
──ねこ。
(ね こ)
私は静かにその場にしゃがみこんだ。
(……恋バナじゃなかった。猫だった。猫だったぁぁぁ……)
ほっと肩を落とし、縁側の柱から顔を出すと──
そこにいたのは、小さな茶色の野良猫。
細身の体が蓮の膝の上で、気持ちよさそうに丸まっている。
蓮が優しく撫でると、猫は「ニャァ」と小さく鳴いた。
(……なんか、すごいなついてる……)
ふとその猫がこちらを振り返った。
目が合った。
……勝ち誇った顔をしていた。
(……なにその顔!?)
(なにその“あたしのほうが先”みたいな顔!!)
(いや、たしかに可愛いけど!耳ふわふわだけど!)
蓮が笑いながら「よしよし」なんて撫でてるのを見て、私の中でふわっと何かが燃えはじめた。
(え、なにこれ……)
(このモヤモヤ、なんなの……)
その夜。
私は布団にくるまって、天井を見つめていた。
猫の顔と、蓮の優しい声と、「気になる子」って言葉が、頭の中でぐるぐる回る。
胸の奥が、もやもや、もやもや、ずーっとしている。
(この気持ち……なんなの……?)
──そして私は、その夜、全然眠れなかった。