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第16話 暴かれる真実

 歓声と笑い声で満ちていた王宮の大広間が、次の瞬間、何か不穏なものを含んだ沈黙に包まれたように感じた。私――ルシアは、人波の向こうで視線を走らせる。レオンハルトがグラスを掲げて祝辞を述べている最中なのに、空気がどこか張り詰めている。


 瞬間、何かの金属音が聞こえた。私の心臓が跳ね上がる。まるで、始まりの合図のように思えたから。


 リシャールだ。あの男が、取り巻きらしき人物たちを周囲に配置しているのは、最初から不自然に思っていた。ここまで堂々と兵を紛れ込ませるなんて、普通なら許されるはずがない。いつの間にそんな権限を得たのか――考える暇もなく、危機は一気に動き出す。


 レオンハルトはまだ壇上で客人たちに向かって話している。優雅な言葉を並べているが、よく見ると額にはうっすらと汗が浮かんでいた。直後、音楽隊の演奏が途切れ、妙な静寂が訪れる。冷たい空気が大広間を満たすと、背筋を凍らせるほどの悪寒が走った。


 その瞬間だった。壇の脇、飾りに隠れていた衛兵の一人が、異様な早さで短剣を抜き放った。目を奪われた周囲が一拍遅れてどよめく。


「殿下、危ない!」


 とっさに私が声を上げると同時に、レオンハルトも反射的に振り返る。しかし、彼の立ち位置はあまりにも無防備だ。兵が飛びかかるように剣を突き出し、人々の悲鳴が上がる。恐怖と混乱が一気に広がっていく。


 私も駆け出した。だが、舞踏会の人混みが邪魔をしてスムーズに進めない。兄エドガーがこちらを見つけ、一瞬視線を合わせるけれど、遠すぎる。今すぐ王太子のそばへ行かなくては。


(間に合わない……!)


 心臓が喉元まで上がるような感覚。目の前で、あの兵が刃を振りかざす。レオンハルトはギリギリで身を引いたものの、背後に飾られた巨大な柱との間に追い詰められている。慌てて周囲の貴族が逃げ惑い、ギャラリーが転倒する中、私の頭は熱く冴えていた。


(殿下を失わせはしない。あの人と交わした約束を、私は私なりに守り通すんだ)


 幼い頃の記憶が刹那にフラッシュバックする。王宮の庭で共に語った夢――「いつか、国をよくしたい」という、あの輝く笑顔。憎んでいたはずの人を、ここで死なせるわけにはいかない。


 私は柱の近くに落ちていた長い槍を拾うと、一気に駆け寄った。短剣が再びレオンハルトを狙う。彼は必死に避けるが、衣服の裾が斬られて赤い血がにじむ。悲鳴を上げる人々。兵がさらに追い打ちをかける。


「殿下、伏せて!」


 レオンハルトがとっさに私の声に反応し、身を屈める。勢いをつけて槍を振り下ろす私。短剣はあわや彼の胸を貫こうとするが、槍の柄で弾き飛ばした。鋭い金属音が大広間に響き渡り、その衝撃で兵の腕がぶれる。


 レオンハルトは一瞬の猶予を得て、懐にあった短剣を抜き出したが、相手は二人目、三人目と出てくる。舞踏会の参加者が悲鳴とともに逃げ惑う中、兵たちが王太子だけを狙っているのがはっきりわかった。これはまぎれもない暗殺だ。


 私一人で守り切れるわけもない。必死に槍を構えるが、二人目の兵がその隙を突いて私を突き飛ばす。勢いで床に倒れ込み、視界がぐらりと揺れた。


(だめ、ここで終わるわけには……!)


 痛みをこらえて顔を上げると、追いつめられたレオンハルトが目に入る。恐怖と戸惑いで表情が強張っているが、彼は必死に剣を振って応戦していた。しかし、複数の兵に囲まれている以上、長くはもたない。周囲の衛兵は何をしているのか――いや、もしかしてリシャールの差し金で、あえて動かないのか。心が震えるほどの悪意を感じた。


 後方から何かが飛び込んできた。兄エドガーだ。彼は一人目の兵を蹴り飛ばし、レオンハルトの横に並ぶように構える。血走った目で周囲を睨み、「殿下を守るぞ!」と声を張り上げる。少なくとも私たちを含めた数人の正規衛兵が、ようやく正気に戻って事態収拾に動き出したようだ。


「ルシア、殿下を逃がせ!」

 エドガーの声が聞こえた。私も槍を抱きしめながら、レオンハルトに走り寄る。相手兵の刃を何とか防ぎ、レオンハルトの腕を掴む。


「殿下、こっちへ!」

「お前、ルシア……どうしてここに……」

 彼は息を荒らげ、私の顔を信じられないというように見つめる。だけど、言葉を交わす暇などなかった。私たちは混乱するフロアをかき分けるように走り、窓際からさらなる兵を回り込ませないよう移動する。


 そんな中、リシャールの姿が視界に入った。こちらを見つめながら、わずかな嘲笑を浮かべているように見える。周囲の貴族が悲鳴を上げて逃げ惑うのを尻目に、彼だけは落ち着いた足取りで壇上へと向かった。

 そこに何か仕掛けがあるのか。嫌な予感がした矢先、遠くから騎士たちが駆け込み、ついに場内は大混乱に陥る。


 激しく息を切らしながら、私はレオンハルトの手を離さずに走る。彼に傷はあるが、まだ大怪我ではなさそう。ふいに目の前をセシリアが横切った。彼女は目を潤ませながらも、リシャールの行動に気づいたのか、壇上へ続く小道をふさぐように立ち尽くしている。


「リシャール様、もうやめてください! こんなの、あんまりです……!」

 セシリアの絶叫が会場に響き渡る。リシャールは嘲るように、冷ややかな目を向けるだけだ。騎士や兵の乱戦の音が絶えず響く中、彼女は震える体で周囲に向けて叫んだ。


「わたし……嘘を、ついていました……あの夜、ルシア様が悪いなんて……最初から何も……! 全部、リシャール様に言われて……ううん、脅されて……!」

 一瞬、時が止まったかのように、周囲が息を飲む。まさかセシリアがこのタイミングで真実を告白するなんて、誰も予想していなかっただろう。リシャールの眉がわずかに動いた。彼女に対する怒りなのか焦りなのか――いずれにせよ、隠し事が一気に暴かれる瞬間だ。


「リシャール様が、全部仕組んだんです……王太子殿下を操るために……わたしが“被害者”を装うように言われて……!」

 人々の視線が集中する中、リシャールは「黙れ」とばかりに、すぐ背後に控えていた兵に合図を送った。兵がセシリアを押さえつけようとするが、彼女は必死に抵抗して声を上げ続ける。


「殿下を殺すつもりなんです……やめてください……こんなの、嫌です……!」

 その悲痛な叫びと同時に、エドガーが数名の衛兵を率いて壇上へ突入してきた。エドガーは兵たちを押しのけ、リシャールに剣先を突きつける。血気盛んな護衛も混ざって混戦になりかけたが、そこにルシア――私が声を張り上げた。


「もうやめて! リシャール、あなたの陰謀はすべて暴かれたわ……!」

 周囲がざわめく。動揺が一気に広がり、続々と兵たちが膝を折るか、剣を捨てて逃げ出す。リシャールが睨みつける先には、私が握っている書簡の束があった。兄エドガーと密かに確保していた“リシャールの偽造指令”の写し。偽物の証拠を作るよう命じた内容が克明に記されている。それを掲げて人々の前に示す。


「あなたが私に罪を着せ、セシリアを使って殿下の心を惑わせた……そのすべてを、これで証明できる。公爵家を陥れようとした目的も、殿下を自分の意のままに操る野望も……もう隠しきれないわ」

 その言葉に反応した人々が、一斉にリシャールへ非難の声を浴びせる。王太子もまた驚愕に目を見開き、護衛から支えられながらこちらを凝視している。


「リシャール……お前、こんなことを企んでいたのか……」

 レオンハルトの声は震えていた。怒りと失意が入り混じったような表情で、彼はよろめきながらリシャールを睨む。


 リシャールは周囲の包囲網が狭まるのを見て、最後の悪あがきのように笑みを浮かべる。しかし、部下はすでに逃げ腰で、兵たちが次々と降参する。やがて高官たちが詰め寄り、リシャールは剣を向けられたまま捕らえられた。


「馬鹿な……、お前たちに、こんな結末は……」

 呟くように言い残し、彼は憎々しげにこちらを振り返る。私を一瞥したその目には、底知れない悔恨と暗い情念が混じっていたが、今はもうどうする力もない。衛兵らがリシャールを取り押さえ、うめき声がその場に溶けていく。


 大広間には崩れ落ちるような脱力感が広がった。人々がようやく息をつき、倒れた兵や負傷者の手当をはじめる。あちこちに落ちている破損した装飾が、つい先ほどまでの惨劇を物語っていたが、最悪の事態――王太子の命が奪われること――だけは回避できたのだ。


 私は足元がおぼつかないまま、レオンハルトのそばに駆け寄る。彼も疲労困憊らしく、肩を押さえて座り込んでいる。どこかに傷を負ったらしいが、命に別状はなさそう。兄エドガーと目が合い、二人して安堵の息を吐いた。


「ルシア……助けてくれたのか……?」

 掠れた声で問いかける王太子を前に、何と言えばいいか迷った。あれほどの仕打ちを受けたのに、私は今、必死で彼を守ろうとした。かつての誓いを形を変えてでも守り抜きたかっただけなのだ。


「私は、私のするべきことをしただけ。……あなたが幼い頃、国をよくしたいと言っていたあの夢を、まだどこかで信じてるから」

 レオンハルトは表情を曇らせ、唇を震わせる。恐らく今、彼の胸には多くの後悔や懺悔が溢れているのだろう。だが、その先はまだ不明瞭だ。今はとにかく、暗殺未遂が防がれたことで、場が混乱しながらも収束に向かっているのが救いだった。


 ほどなくして、リシャールは取り調べのために連行されていった。セシリアは呆然と倒れ込むように座り込み、一部の侍女やエドガーが彼女を支えている。彼女の告白は衝撃を与えたが、それでも勇気を振り絞って事実を明らかにしたのは大きな進展だ。今、宮廷内外の人々は目の前で起こったことで、一斉にルシアへの誤解が解けるとは限らない。しかし、少なくともリシャールの捏造が暴かれた以上、王太子を陥れようとした黒幕の正体が公になるだろう。


 舞踏会は一夜にして混乱の修羅場と化したが、死者こそ出なかったものの、大勢が負傷し、王太子の影響力と宮廷の信頼は大きく揺らぐ。人々が乱れている中、私は胸元を押さえて強く息をついた。完全には心がすっきりしない。何かまだしこりがあるような感覚だ。


(これで、すべてが終わったわけじゃない。リシャールは捕らえられたけれど、その先にも波乱は待っているのかもしれない……)


 それでも、この夜に大きく事態が動いたことは確かだ。セシリアの告白、私が示した証拠、そして何よりリシャールの明確な凶行によって、私が背負わされた罪は少なくとも虚偽だったと認識される可能性が高い。王太子がどんな態度を取るか――その答えはまだわからないが、私はただ、自分の意思で未来を切り開いた事実を抱きしめた。


 兄エドガーが駆け寄り、私の腕を支えながら小声でささやく。

「ルシア、もう大丈夫だ。無茶をしたな……よく頑張った」

「兄様こそ……ありがとう。みんな、無事で……本当によかった」

 二人して顔を見合わせ、ほっとしたように笑みを交わす。しかし、レオンハルトに目をやると、彼はまだ地に片膝をついて肩を抑えたまま息を整えていた。私たちを見る彼の瞳には、深い感謝や混乱が混ざっている。言葉を交わす前に、数名の侍医や騎士たちが取り囲み、担ぎ上げるように連れていった。私もエドガーも、今はそれを止めることができない。


 舞踏会という華やかな場での暗殺未遂――真実は暴かれたとはいえ、宮廷はこの後、大きく揺らぐだろう。それでも私は、行動を起こせたことに微かな満足を覚える。憎しみに染まらず、きちんと人々の前で証拠を出して、リシャールの陰謀を露わにできた。それが私が選んだ“戦い方”だ。


 夜が更けていく中、あちこちで救護や混乱の収束に追われる人々の姿が目に入る。私と兄は人々の目を避けるようにして、静かにその場を離れた。引き際を誤れば、今度は周囲がこちらを取り囲んで大騒ぎになるかもしれないから。


(やっと、あの長い苦しみに光が差したかもしれない。でも、殿下や王家がこの先どうなるのか、私にはわからない)


 それでも、確かに一歩前へ進めた。大きな運命の歯車を、自分の手で動かした手応えがある。揺れる灯火が暗い大広間を照らす中、リシャールの高笑いはもう聞こえない。彼は捕らえられ、これからは正当な裁きを受けるはずだ。

 この夜の混乱はいったん収束へ向かう。だが、そこからの道のりは、まだ決して平坦ではないと本能が警告している。王太子と私の間に刻まれた深い亀裂は、そのまま消えることはないだろう。セシリアもまた、罪の意識を背負ったまま、どう立ち直るのか未知数だ。

 それでも、私が望んだ“真実を明らかにし、この国を守る”という決断は、少なくとも成果を上げた。いずれ再び試練に直面するとしても、もう逃げるわけにはいかない――その思いを噛みしめながら、私は夜空の見える窓を見上げた。揺らめく星々が、まるで私たちの行く末を試すかのように瞬いている。

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