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三百四十七話 光よりも速いもの

 敵の目的は、畏れ多くも神殺し。

 私の心から出た相手とはいえ、そんなことを考えるとは、厄介極まりない。

 いや、まだそうと決まったわけじゃなくて、あくまでも「確度の高いであろう推測」レベルだけれど。


「確かに麗央那がヤケになったら、神さまでも殺しかねえ勢いだからナ」

「メェ……」


 失礼なことを軽螢けいけいに言われても、ぐぬぬと歯噛みするしかないのである。


「でも神さまを殺させないように守ろうだなんて、それこそ常識外れで手に余る話だよね。せき先生、なにか手がかりとかありませんか?」


 私はノーアイデアであることを認め、年長者の知恵に頼ることにした。

 ううむと考え込んだ籍先生は、あっと思い付いた顔でこちらを見て、言った。


「私も宮中のことに詳しくないので又聞きだけれどね。確か麗くんが以前にも働いていた後宮の中には、神にまつわる重要な祭器が据え置かれているのではなかったかな……?」


 そう言われて翔霏しょうひが、はいはい、と頷きながら過去の記憶を説明した。


覇聖鳳はせおが後宮を襲っていたときに、やけにこだわっていた品だな。確か神剣だか宝剣だか。麗央那は噂に聞いてないのか?」

「いや、ぜんぜん……私、最底辺の下っ端侍女だったし……」


 翔霏の記憶力に舌を巻きながら、私は自分の無知を告白する。

 どうやら後宮のどこかに神剣、いわゆる国家の神器が安置されているという話だ。

 日本にも三種の神器の一つとして剣があったりするので、わからない話ではない。


「後宮の中のことなら、玉楊ぎょくように聞けば分かるかもしれんな。ま、ここにはいねえが」


 椿珠ちんじゅさんもお手上げポーズで天を軽く仰いだ。

 朱蜂宮しゅほうきゅう東苑とうえんの貴妃を務めていた玉楊さんなら、詳しく知っていてもおかしくはない。

 ただ、彼女は角州かくしゅう司午しご屋敷で暮らしている。

 話を聞きに行こうとすれば、結局は首都に行くのと同じくらいの時間と手間を要する。

 ならさっさと首都に行って、神さまにつながる重要情報を直接に集めた方が良いかも。

 頭を突き合わせてみんなで考え込んでいると、緊張感のない顔で軽螢が提案した。


「そもそもさぁ、麗央那は四つの神さま全部に会ったことあンだろ? お願いしたらまた出てきてくれたりしねーのかよ」

「そんな簡単に都合よく現れてくれるわけないじゃん」


 古紙回収業者のトラックとちゃうねんぞ。

 とは思ったものの、試してみもせずに諦めるのも違うと思った私。

 邑の御堂の最奥に備えられた由来不明の祭壇に向かい、とりあえず考えてみる。


「四神の中で一番、話が通じそうだったのって、南方を司る鳳凰さまだったよね……」


 私は南部で過ごしていた日々のことを思い出す。

 地域全体があっけらかんとして明るいというのもあったし、そこで出会った鳳凰さまも砕けた感じで話しやすそうなキャラをしていた。

 もちろん、神さまの方で私たち人間サイドに合わせてくれていたのだろうとは思うけれど。


「小さき女が、伏して願い奉ります。どうか私たちの声をお聞き届けくださいますよう……」


 邪念を払い、私は祭壇に四拝する。

 ぎんぎらぎんの太陽と、それに照らされた熱気溢れる相浜そうひんの街を思い浮かべながら。

 私が南方の鳳凰に祈りを捧げているのだと気付いた鶴灯かくとうくんも、横に並んで頭を床に伏してくれた。

 けれど当然のように、反応などあるわけもなく。


「だめかあ」

 

 そもそも不信心な私の声を、気前良く聞き入れてくれると思う方が間違いなのである。

 神頼みがクセになるのは良くないと思っていた矢先のことでもあるけれど。

 今回は事情がちょっと違いますからね。

 頼むというよりこちらが神さまのために、なにかできることはありませんかとお伺いを立てている立場だ。

 ちょっとくらいは相手をしてくれていいのでは、と不遜な考えが胸の中をスッと通った、そのとき。


「あれ?」


 周囲の景色が突然に、変わった。

 どこが床か壁なのか、茫洋一面。

 背景も空も真っ白な虚無空間に、私はいきなりワープしていた。

 ここにいるのは、さっきまで祈るために跪いていたこの私と。


「メェ~……?」


 体毛がチリチリ黒焦げのアフロヘアーになった、ヤギ一頭。

 なんでよりによって、こんな不思議な場所でこいつと二人ぼっちなんだ。

 そんなに親しみを覚えているつもりはないけれど……。

 と、わけもわからず私がヤギの挙動を観察していると。


『あいかわらず、穴の空くほどじろじろとなにかを見ているな。人間という連中は、そんなに目の前のことが気になるのか』


 いきなり、ヤギが喋った。

 いやいやこれは幻覚、白昼夢。

 ヤギは人語を解さない、これ共通認識です、よろしい?


「痛いぃ」


 ほっぺをつねったけれど、慣れ親しんだ私のぷりちぃなほっぺだった。


『お前の方から話があるのではなかったのか。ないなら俺はもう知らんぞ』


 なにか偉そうなことを言っている、ように聞こえるヤギ的なもの。

 あ、なんかこれは、記憶にあるぞ?

 確か北の方に、阿突羅あつらさんのお葬式に参加したときの、アレだ。

 ちょっと難しい問題で揉めていた突骨無とごんさんと斗羅畏とらいさんのせいで、私は一度、危うく死にかけたのだ。

 なぜかその運命を捻じ曲げて、時間や因果の理を破ってまで私の命を救ってくれたのは。


「北の夜空を司る神、光と時間の象徴とも言われる、麒麟きりんさまでしたか……」 

『その通りだ。俺に説明する手間を取らせなかったことは褒めてやろう』

「はあ」


 相変わらず、物言いが偉そうで癪に障る神さまだなあ。

 なんで四柱もいる神さまの中で、一番面倒臭いやつと回線が繋がっちゃうのさ、交換手は誰だ、出て来いよ。

 麒麟さまは私の話したいことをある程度は予想しているらしく、勝手に話題を進めた。


『前に会ったとき、お前は『故郷に帰るよりもまずはこの地ですることがある』と俺の前で言い切ったな。もし新たな機会を自由に与えられたとしても、同じ場に踏みとどまるつもりなのだと』

「ありましたね、そんなことも」


 一年前、最初にこの神さまに会ったときだな。

 自分の選択に微塵も後悔していないし、そう思える自分が今は前よりも好きになれた。

 麒麟さまは物言いがいちいち偉そうなので閉口だけれど、チャンスを与えてくれたことに関しては、絶大に感謝しているよ。


『俺はそれが面白そうだと思ったので、お前の好きにさせてやることにした。実際にその後の顛末は愉快だったな。支払いはお前を助けたことでもう済ませている。俺とお前の間に、なにか果たすべきような約定はもうない』

「ええ、まあ、はい。楽しんでいただけたのなら幸いです。こっちはいろいろ、七転八倒していてそれどころじゃなかったですけど」


 そう、私は自分の命をあのとき一度だけ、救ってもらうために、麒麟さまと取引をした。

 一生懸命にこの地で生きて、もがいて、足掻いて。

 為すべきことを、やりたいようにやり切って見せる、と。

 そのショーを全力で演じることが、私から神さまへの支払いだった。

 契約は順調に果たされた。

 麒麟さまがどのあたりに満足したのか具体的にはわからないものの、彼自身が面白かったと評価してくれている。

 今はその言葉を信じよう。

 神とチンケな女という、存在としての格の違いはあれど、私と麒麟さまの間に貸し借りの上下はない。

 両者の認識にすれ違いがないことを確認し、神はこうおっしゃられた。


『して、どうやらお前の中から分かれて出たものが、傲岸不遜にも俺たち、四つの神を無きものにしようとしているらしい。他ならぬ俺を前にして、なにか申し開きはあるか』

「別にありませんけど……誰だって生きてれば、辛いときに神さまを恨んじゃうことくらいありますよ。それのちょっと規模が大きいやつ、くらいに思っていただければ」

『ほざきやがる。ま、人間ごときがなにを思おうと、俺たちにとってはまるで関心などないのも確かだ。あるときは恨まれ、またあるときは崇められる、それが俺たちの在り方には違いないからな』


 心底、どうでもいいと言った口調で麒麟の神は言った。

 前に話したときも感じたことだけれど、人間がどうなろうと、人間にどう思われようと、この神さまにとってはほぼ他人事なのだろう。

 細かいことを気にしてたら、何千年も何万年も神さま稼業なんてやってられないのかな。


「こだわらないでいてくれるならこっちも気が楽ですけど、でもいいんですか? 私の影分身は、この世から神さまという存在を消したがっているんですよ?」


 私のシリアスでありつつバカげた問いにも、麒麟さまは無感動で答えた。


『凡骨人畜の為すことが俺たち神に届くと思うなら、せいぜい好きにやってみると良い。つまらぬ結果に終われば、俺が機嫌を損ねて天罰でも食らわせてやるかもしれん。かつてないほど面白いことになるのなら、笑って満足して負けて消えてやるとしよう』

「超然としてますねえ」


 偉そうとか言う次元ではなく、言葉通りに私たちとは視点が違うのだ。

 今も別に、私の話に耳を傾けるためではなく、ただなんとなく、気まぐれに呼びかけに応えてくれただけなのだろう。

 神さまにも、ヒマ潰しは必要なのかな。

 私の呟きを称賛と受け取ったのか、どことなく機嫌良さげに麒麟さまはおっしゃった。


『神たる俺を前にして素直で虚心なお前に、褒美の代わりとして一つ昔話をくれてやろう。ありがたく聞くがいい』

「それはそれは光栄の至りです」


 膝を折り丁寧に座礼した私の頭へ投げるように、神はお話しを下された。


『大昔、大地の果てのあるところに一つの獣がいた。馬なのか、鹿なのか、牛なのか、駱駝なのか。一見してよくわからない、蹄があることだけは確かなその獣は、地上のありとあらゆる他の存在より速かった。風を置き去りにし、音を追い抜いて奔るその獣を、いつしかお前ら人間は畏れ多きものと崇めるようになった。大地に在るすべてのものよりも速いなら、それは光である。光の化身と讃えられた獣は、数多の想いと願いと畏れをその身に受け、ある夜、まさしく光となって空の彼方へと飛んだ』

「そ、それって……」


 麒麟の、起源神話ではないのか。

 泰学たいがくにも記載がないほど遥か大昔。

 人間が文字を持っていなかったくらい太古の時代に、光と崇められ祀られた獣が存在したのだという。

 その由来を私たち人間がとうに忘れて、文字の記録に残すこともできなかった、この世界に。

 それでも、神はいるのだ。

 光を司り、時間を操るものが、ここに存在するのだ。

 このお伽噺が寓意するところを、麒麟の神は客観的に、こう表現した。


『お前ら凡骨が認識していようがいまいが、神は存在する。しかし、お前が微かに考えているように、神も一つの存在であるならば、そこには必ず始まりと終わりがある。万物は変化し、一つの姿を維持することはない。その理は神の前でも等しい』

「神さまも世界の定理の前では、私たち普通の生きものと同じく、ただの一つの『存在』でしかない、ということですか……」

『そういうことだ。お前はこれから、神を消し去ろうなどとホラを吹く己の分身と戦うことになる。そのときによくよく頭に入れておけ。神は此処に在り、現れる。そして現れるのなら、消えることもある。すべての可能性を考慮するがいい。神はお前らの浅い思惑を、いつも超えて行くだろう』


 ふわああああ、とあたりの景色がより一層、白く光り眩しくなった。

 徐々に背景には色が戻り、さっきまで座っていたお堂の中であることが再認識されて行く。

 私は祭壇の前で跪き、横にいる軽螢とヤギに心配された視線を向けられている。

 神は、去ったらしい。


「ごめん、ちょっとボーっとしちゃった。私、どれくらいこうしてうずくまってた?」


 質問すると軽螢は安心した顔を浮かべて、こう答えた。


「いや全然、ほんの少しの間だったぜ。アーもスーも言わねえくらいの」


 たっぷり数十分は幻想空間で神さまと問答していた気がするけれど、現実の時間では数秒に短縮されたらしい。

 流石に時間を操る神と言ったところか。

 ちなみに寝て見る夢でも似たようなタイムスタンプを獲得できることを、夢遊病の熟練者である私は知っている。

 時間が経過したように感じるというのも、つまるところは情報の一形態だからね。

 脳にそういう情報を書きこむことができれば、一瞬の間に長時間を感じさせることはできるのだ。

 書き込まれた情報を整理し、私はみんなの前で告げた。


「神さまを殺すこと自体は、不可能じゃない。けれどそれは、守ることも不可能じゃない、ってことだよね」


 そして祭壇に向かい繰り返し拝跪して、決意の元に宣言した。


「私、きっと神さまがいるこの世界が好きなんです。だから一生懸命、守らせていただきますね」


 動機は、いつだってシンプルが良い。

 マインドセットを終えた私は、細かい迷いや悩みを置き去りにして動き出す。

 思考よ、光よりも早く世界を駆けろ。

 私VS私の、最高のショーが始まるぞ。


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