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三百四十三話 開演前セレモニー

「おはようさぎ~~、ってあれ、ウナギだったっけ? まあどっちでもいいや、ぽぽぽぽ~ん……」


 翌日、私は朝早く起きて行動を始めた。

 眠い。

 上記の台詞は説明するまでもなく独り言であり、未明の休日に返事をくれる相手はいない。

 昨日に引き続き、丘の藪にいきなり現れた秩父神社を調べたい気持ちがあったからと。


「良かった、晴れてる」


 朝陽の輝きを見たいと思ったからだ。

 東から昇る太陽は、それ自体が東方を司る水龍の神と、太陽を司る南方の鳳凰神、両方の象徴である。

 困ったときの神頼み、と言うつもりではない。

 けれど予期せぬトラブルを前にして、私がなおも心の力を失わず立ち向かえるのか。

 いわばその決意表明のために、暗いうちから身を清めて、私は地平線から昇る陽光に誓おうと思ったのだ。


「なにが起きているのか、これからどうなるのかはわかりませんけど」


 東に向かって四拝する。

 私は懇願するのではなく、ただ報告する。

 こうして欲しいのだとは言わず、こうするのだという意志のみを。


「今まで通り頑張りますので、どうかご照覧あそばせ。みなさまの眠気覚ましにでもなれば幸いです」


 神さまが、私たちの勝手な都合にいちいち合わせてくれるなんてことは、ないのだ。

 ならせめて彼らには、私たちの生きるさまを遠くから他人事のように傍観し、せいぜい面白がってくれれば良い。

 神に祈りやらなにやらを「捧げる」というのは、そういうことなのではないかと私は解釈するようになっていた。

 一度捧げたのだから、見返りなんて求めるべきではない。


「秩父神社がここにあって、近くには所沢の野球場と、入間の自衛隊基地か……」


 神社の境内、拝殿と本殿の中をくまなく見て回り、怪しいものがないかを探しつつ考える。

 地理的な位置関係はバラバラだとしても、翼州よくしゅう神台邑じんだいむら及びその周辺に「埼玉的なオブジェクト」が存在している。

 それは私がもといた世界からワープして来たのか、それともこの場に急に生えてくるように出現したのか。


「どっちにしたって、元からそこにあったものはどうなったんだろ?」


 気になることは増えて行き、それに比例せず確かな情報は乏しいまま。

 ただひとつわかること。

 私が今いる秩父神社の建物全体、とてもしっかりした不自然さのかけらもない造りで、なにかの幻のような存在とは思えない、ということだ。

 認めたくはないけれど、どうやらこの珍事も私にとっての「新しい、確かな現実」であることは疑いようもない。

 そうなんだと囁くのよ、いつもは鈍い私の霊感がね。


「やっぱ他の施設も、詳しく調べなきゃならないかあ」


 私はこの場の探索を一旦切り上げて、丘を降りる。

 朝ご飯を食べたら、まずは距離が近い方、ドーム型野球場らしきものを検証しに行くか。

 どれだけ広い範囲でこの怪奇現象が起こっているのか、他の邑や町の人とも連絡を取り合って把握しなきゃいけないし。

 なんでよりによってこのタイミングで、こんなことに巻き込まれるのやら。

 人生、ままならんもんだのう、ちくしょうめ。


「朝ご飯食べたら、ちょっと出かけるから。軽螢けいけい翔霏しょうひと加えて二、三人、ついてきてくれるかな」


 朝餉の時間、邑のみんなが集まっている前で私は今日の作業指針を知らせた。


「邑の西にいきなり出た、でっかい包屋ほうおくみたいなのを調べるンか?」


 所沢ドーム球場らしきもの、の話だ。

 軽螢の質問に頷きつつ答える。


「うん。ひょっとすると危ないことがあるかもしれないんで、武器は持って行くように。他のみんなは邑で待機してて」


 おそらくは、十中八九。

 周辺の邑や町から、近隣におかしな建物が突如として現れた、という報告のお客さんが、今日以降に次々と訪れるはずだ。

 その応対をする人員が、邑で控えてもらわないと困ることになる。


「じゃあせき先生、少しの間ですけどお留守番をお願いしますね」


 私がお願いすると、籍先生は首を傾げて不安げな顔を浮かべ、こう訊いた。


「麗くんはいったい今、なにがこの地を襲っているのか、心当たりがあるのかい? ずいぶんと落ち着いているようだが」

「まったく意味はわかりませんけど、なぜか知っているものばかりが目に入る感じですかねえ。詳しい説明はもう少し待っていてください」


 あからさまにはぐらかした答えを残し、私は翔霏たちと邑を出発した。

 邑の西側に広がる林の中に人や馬車のための道が申し訳程度に整備されている。

 そこをくねくねと曲がりながら、体感として一時間も歩いていないくらいに。


「うお、いきなり出てきたな。なんだこれは」


 さすがの翔霏も驚いた声を出す。

 それまで木々や地形で死角になっていた道の先に、突如として巨大なドーム型施設が出現したのだから、無理もない。

 野球のプレーグラウンドは半径120メートル、中心角90度のおうぎ型をしているのが一般的だ。

 ドームスタジアムなどはその外周に3~4万人以上の観客を収納できる座席スペース、そして廊下やトイレ、飲食や物販のショップ、その他必要な設備が付随している。

 ざっくりどんぶり勘定して、ドーム球場自体の端から端、直径となる長さは250メートルくらいか。

 太平洋戦争時の巨大空母、赤城とかの全長と似たようなサイズ感なわけで、イメージしやすいですな。


「屋根があるから、みんなで住むための家か? それとも天気に左右されないで豆とかモヤシとか育てるために建てたんかなあ」

「メェ?」


 軽螢の解釈に、少し笑ってしまった。

 ハウスモヤシを栽培するためだけにこんな立派なドームを作った人がいるなら、かなり面白いよ、友だちになりたいわ。


「えーと、確か入り口はこっちだよ」


 先導した私は中央ゲートにみんなを案内する。


「なんで麗央那は知ってるんだろ」

「バッカ麗央那さんだぞ。俺たちの知らないことでもわかるに決まってんだろ」


 同行して続く少年たちが、コソコソとなにか言っている。

 何度も来たところなので特に迷うようなことはない。

 二年前は、右も左もわからない私を翔霏と軽螢が保護して神台邑じんだいむらまで連れて行ってくれたんだったな。

 今はまるであべこべなのが、なんだか楽しかった。


「えーと、確か入ってすぐにあるのは外野席だけど……」


 場内案内看板をざっと見て、さてこれからどうしようかと考える。

 翔霏が外野席最上段から球場を見下ろして、実に的確な観測結果を口にした。


「とんでもない数の椅子だな。その中央に広場があるのか。ひょっとするとここは、巨大な芝居小屋か?」


 さすがにご両親が舞台役者なだけあって、ピンと来るものがあったようだ。


「そうだよ。基本的には運動競技を客席から応援するような感じ。もちろん音楽とか踊りの催し物もあるかな」

「こんなに席があったって、見に来るやつなんかいねえよ、こんな田舎」


 軽螢がバカバカしいまでの規模に呆れて言った。

 埼玉は田舎じゃないからね、ちゃんと満席になることもあるんです。

 ぐるりと調べながら内野席側に回った私たち。

 バッターボックスの真後ろ、一番のプレミアムシートに私はふーいと腰を下ろす。


「一度でいいから座ってみたかったんだよねえ、ここ」


 残念ながら今日はなんの試合も行われていないようだし、むしろ行われてたまるかという話なのだけれど。

 どうしてこんなものがいきなり現れたのか、まだなにも明確なヒントはない。

 軽螢と翔霏もとりあえずシートに座る。

 少年たちはフェンスを乗り越えてグラウンドに降りて、はしゃいでいる。


「相撲でも取ろうぜ!」

「それより誰が一番、遠くまで石を投げれるか勝負だよ!」

「おーいヤギ! ここん中ぐるっと一周走るぞ!」

「メェ~~ッ!」


 ある意味で正しいスタジアムの使い方を彼らは十分に楽しみながら、実に子どもらしい嬌声を上げている。


「で、そろそろ麗央那の知っていることを、私たちに説明してくれてもいいと思うんだが」


 隣にいる翔霏が、少し真剣な顔で言った。

 これらのキテレツ建造物たちに関して、確かに私が知っている情報自体は、たくさんある。

 けれどそれらを、どう伝えればいいのか。

 言ったところで理解してもらえるのか。

 不安は尽きないけれど、マブなダチに相談しないという選択肢の方が、あり得ない。


「うん、わかった。ちょっと長くなると思うけど、順を追って話すね」


 私は頭の中を整理しながら。

 まずは故郷、埼玉のことを、私がそこでどう生まれ育ったかを、かいつまんで言い聞かせようとした。

 そのとき。


『お集まりの淑女、並びに真摯諸君! そして動物!』


 スピーカーから、突然の大音量で球場アナウンスが流れた。

 女の声だ。


「……なんだと?」


 自分たち以外の人間の気配はないと、さっきまでリラックスしていた翔霏。

 即座に緊張した面持ちで立ち上がり、周囲に目配せする。

 どこで喋っているのか、謎のウグイス嬢は続ける。


『って田舎もんのツラ下げたガキんちょしかいねーかぁ。それでも大事なお客さまには違いありません! どうかこれから行われる私たちの演目、そのシーズンを心より楽しんでいってくださいね!!』

「誰が田舎もんだって? ねえちゃんも上品な感じはしねえけどなあ」


 さっき自分で言っていたことを棚に上げて、軽螢が反駁するもスルーされた。


『これより幕を上げたるは空前絶後、一世一代の大舞台! 全私が大号泣必至のそのプログラムはズバリ~~……』


 やけにもったいぶった溜めを演出し、女は叫んだ。


『世界の、作り直しです!』


 聞いている私たちは、もちろん訳も分からず沈黙するしかなかった。


『この世界は一旦、ここで閉店します! そしてリニューアル工事をして新しく生まれ変わります! 素晴しき新世界、と言うわけです! 観客のみなみなさまも、どうか出演者の一人となった気分で全力で終幕まで奮闘し、悪あがきを見せてくださいますよう!!』


 世界の、作り直し。

 荒唐無稽でありながら、聞き逃せないそのワードに私は反応し、叫んだ。


「おいふざけんなバカ! 頭のおかしいこと言ってるんじゃねえ! そもそもどこのなにもんだ! 顔を見せろ顔を!!」


 球場内に、私の声が虚しく反響する。

 わずかな沈黙ののちに、アナウンスから返って来た言葉は。


『私はプロデューサーなので、おいそれと人前には出ません! その代わり、今日は私の大切なイマジナリーフレンドであり、今回の演目の主要キャストの八人を紹介します!』


 ドンドンドドン、とドラムが強烈に印象に残る、激しいBGMが流れ出す。

 って、イマジナリーフレンドなのかよ、具現化させちゃったのかよ。

 他に友だちが、ああ、いないんだな、うん……。

 球場左右のフェンス、控えのピッチャーがブルペンから出てくるゲートが開く。

 ドライアイスのスモークが漏れ出し、その奥に人の影が見えた。


「な、なんだなんだ、おたすけー!」

「おおおお俺は、ビビってなんかねーぞおぅ!?」

「あの煙、火事なら逃げた方がいいんじゃねーの」

「メェ~~~~~!!」


 少年たちは口々に言いながらフェンスをよじ登り、私たちがいるバックネット後ろの客席に戻って来た。


『それでは全闘士、入場ッ!!』


 BGMが盛り上がりを加速し、私の不安が同時に増大していく。

 それなのに、不思議と。

 これから起こる状況に楽しみのようなものを感じてしまう、良くない気持ちが同居していた。

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