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三百五十六話 あのヒコーキ雲、青空を割って

 昂国こうこくへの入り口。

 具体的に言うと翼州よくしゅうと北方領域を隔てる砦が見えた。

 ここから先、私の分身がどれだけの無法を行っているのか。

 いやも応もなくそれと向き合わなければならないのかと考えると、気分は岩のごとく重い。


「元気出して行こーぜ。シケた顔したからって解決するもんでもねえだろ」

「メェ」


 軽螢けいけいが気を遣って優しい言葉をかけてくれる。


「うん。大丈夫。おかしなことに想定を裏切られることはもう慣れてるから」


 見上げれば、笑うように明るい空。

 私も自慢のぷりちぃな笑い方を思い出し、形からでも前向きに明るく歩みを進める。

 さあ、顔を上げて、上げて……。


「なんだあれは。紐みたいな細長い雲が浮かんでいるな」


 私に釣られて空を見た翔霏しょうひが言った。

 蒼天を割る、一筋の白い帯。

 埼玉にいたころは珍しくもなかったけれど。

 昂国八州に来てからは、見るはずもなかったその存在。


「飛行機雲……」


 航空機なんてないこの世界の空、あんなものが偶然に描かれるわけもなく。


「お、おい、何本もあるぜあの妙な雲。誰かが空に筆で書いたみてェだ」


 軽螢の言うようにその筋は、青いキャンバスに白いクレヨンで雑に引いたような線を、合計五本も奔らせていた。

 私はそれを目にして、軽く扱っていた情報を胸中から引きずり出す。


「ま、まさか、戦闘機……!?」


 神台邑の郊外に現れた、航空自衛隊基地。

 非現実すぎて細かいことをスルーしていたけれど、一目で私が自衛隊の基地だと思い当ったかと言えば。

 そこに、戦闘機があったから!!


「は、速く戻るよみんな! 全速力! ノロマなヤギは置いて行け!」

「めぇぇん!?」


 私は驚くみんなを尻目に、大したことのない脚力でひた走る。

 動物一頭と人間三人が、峠の小道をひたすら急ぐ。


「あの雲のこと、なにか知っているのか?」


 私の真剣さを感じ取り、遊びのない声で翔霏が問う。


「翔霏が前に、凧に乗って空を飛んで爆弾落としてたことあるでしょ?」

「あれは気持ち良かったな。風を読むのにコツがいるんだ、コツが。私以外の誰もああ巧くはできないだろう」


 フフンとドヤる彼女に悪いと思いつつ、私は希望的観測のない説明を返す。


「それよりもっと速くて、もっと多い爆弾とかいろいろぶっ放せる鋼鉄の鳥! もちろん翔霏が殴っても死なない! そもそもまず攻撃が届かない!」

「ははは、麗央那もひどいな。いくらなんでもそんなホラ話で、私をだまくらかそうだなんて……そんな……」


 呆れたように翔霏が空を見上げた、その瞬間。


 キイイイイイイィィィィィン……!!


 空気全体を斬り裂くような音速の摩擦音とともに、陽から落ちた巨大な影がいくつか、私たちの身体を一瞬で通過した。

 みんなの視界の先には、もう小さく見えなくなっていく、空に溶けるような紺色の物体。

 美しい五機編成で飛翔する、その機体の名前を私は知っていた。


「F-2支援戦闘機……小学生のときに入間基地の航空祭で見た……」


 支援と言う控えめな名に似合わず、海洋上の敵艦船や港にある地上設備を撃滅するための爆弾や対物ミサイルを多数抱えている。

 さらに毎分6000発の20mm弾頭を発射するバルカン砲も搭載しているため、飛行機同士の空中戦も可能。

 最高速度はマッハ2、約時速2400km。

 広い翼によるダイナミックな空中旋廻を可能とした、高い運動性能を誇る。

 一部のファンから「平成のゼロ戦」とも呼ばれた、見た目も美しい著名な戦闘機だ。

 

「という情報が、展示パネルに書いてありました」

「なんの話だか、まったく分からん……」

「また麗央那が変なこと言ってらあ」

「メェ」


 私の冷静で的確な説明は神台邑の愛すべき田舎者たちに、一つも伝わりませんでしたとさ。


「とにかく大変だ大変だ。あんなのが爆弾なんて落とし始めたら神台邑なんて一瞬で消し炭になっちゃう。せっかく工事が順調に始まったってのにああどうしよどうしよ」


 おたつきながら慌てている私。

 そのとき、麗央那に電流奔る……!


「あいたっ」


 比喩でなく、頭に感電したようなビリッとした痛みを感じたのだ。

 慢性的な頭痛持ちだけれど、これはちょっと違う。


『落ち着けい。そうそう人死になんぞ出らんことは嬢ちゃんもわかっとるじゃろうが』

「あ、道真さまでしたか。取り乱してしまい申し訳ありません」


 私の脳内に受け入れた道真さま圧縮ファイルが解凍されて、雷神菅公アプリのインストールが成功したらしい。

 麗央那OSとの食い合わせが悪くてバグがないことを祈ります。

 なんにせよ、ここで現れて啓示をくれるのはありがたい~。


「まァた麗央那が独り言をおっぱじめたぜ」

「おそらく、雷の老公が頭の中に居るのだろう。そっとしといてやれ」


 仲間たちも、すっかり事情を把握してくれて心強いね。

 なんだか可哀想な子扱いされてる空気を、微妙に感じるけれど……。


『ワシの稲妻を以てしても止めるのは無理じゃな、あの鋼の大鳥おおとりは。とんでもない速さじゃのう。要は油が燃えとるだけなんじゃろうに。奇怪、奇怪なり』


 おそらくは悔しさや驚きよりも知的好奇心が勝っている道真さまのコメント。

 どうして鉄の塊が高速で空を飛ぶのか。

 技術的な疑問に関しては、私の記憶から答えを知ることはできるとしても、目の前を音より早く翔け抜けるその光景を理屈で受け止めるのは難しいよね。


「ってじっちゃん、のんびりしてないでなンか手を考えてくれよ。放っておいていいもんじゃねえだろ明らかに」


 私と道真さまの脳内会議に、軽螢が無理矢理混ざって来た。


『向こうの御大将のやり口から考えるに、こけおどしの類とは思うんじゃがな。さてどれほどの害があるかも知れたものではなし。少しでも見て知れることを増やさねばのう』


 冷静な道真さまの助言に、私たちは緊張しつつも頷く。


「ならもう砦は目の前だ。中にいる兵たちに事情を聞けば、昂国で起こっていることもわかるだろう。まずはその確認だな」


 翔霏がそう言って、砦に向かい走る。

 空の上では五機のF-2が、オリンピックのマークを描くような軌道で憎たらしく旋廻、飛翔している。

 遠くへ去ったかと思えば、またこっちの頭上に轟音を立てて戻って来たり。

 

「裏麗央那が私をムカつかせたいんだなってことは、明確にわかるわ……」


 何度目かの自分原因な頭痛を抱え、私も砦の扉の前に到着した。

 そのとき。


「麗央那ッ!!」


 急に翔霏が叫んで、私の身体に覆いかぶさるように飛んで来て、私ごと地面を転がった。

 視界の端では、一機のF-2戦闘機の操縦席、顔に当たる部分の近くがチカチカッ! と光ったように見えて。


 ドドドドドドドドボッッッ!!


「実弾、飛んで来てんじゃん!!」


 巨大な濁音が破裂するように鳴り響き、少し遅れて土煙が上がる。

 私たちがさっきまで歩いていた丘の道が、おそらくはF-2から放たれたバルカン砲の弾丸によって、溝のようにえぐり抜かれていた。


「いくらビックリショーが好きだからってここまでやるか!? こんちくしょうめ~~~~~~!!」


 自分の裏面なので認めたくはないけれど、死人が出なければ多少の怪我人くらいは出してもいい、と向こうは考えているかもしれない。

 第六感で危機を察知してくれた翔霏にマジ感謝だよ。


「あわ、あわ、あわわ……」

「メ、メ、メェェ~~~」


 砂埃の奥から、軽螢とヤギの泣きそうな小声が聞こえる。

 

「大丈夫!? 怪我とかしてない!?」


 20mm口径のバルカンなんて、弾と言うより実質的には砲である。

 人間だとかすっただけで身体がバラバラに吹っ飛ぶ衝撃を受けるほどだ。

 それよりも、至近距離に着弾したことで土砂や瓦礫が吹っ飛ばされて、それで軽螢やヤギが重軽傷なりを負ってないか、私は心配したのだけれど。


「いやあ~~~~、ビックリしたわねェ。なんなのよ今のはァ? 自慢のお肌が、泥だらけじゃないの~~~」


 軽螢とヤギが怯えて抱き合っている、その目の前に。

 彼らを土砂の飛来から守るように悠然と屹立し、服に付いた砂を払う一人の、男……男?

 どう見ても青髭面のオッサンなのに、私より女子力高そうな言葉を口にするその人物は。


「ててて、蹄湖ていこ三鬼将の、美顔の倫風りんぷう!」


 先の反乱できょうさんと共に戦い、北方草原を荒らしまわった首魁の一人が、涼しげな顔でそこにいた。

 そう言えばこいつだけ、反乱軍の重要人物の中では生き残ってたんだったわ!

 私に名を呼ばれた倫風は、ニチャァと脂っこく笑う。


「あらぁ、誰かと思えば央那おうなちゃんたちじゃないのぉ~~。元気してたかしらん? 今も深刻ぶった哀しい顔ばっかりしてるう?」

「おかげさまでヤケを起こすくらい元気いっぱいだわ! つーかなんであんたこんなとこにいるの!? いや助けてくれたっぽいのは感謝しておきますありがとう!」


 混乱する私へ、声にせず脳内だけで道真さまがアドバイスをくれる。


『ひとまず砦の中に入った方がええのう。人が密集しとる場所であれば、鉄の鳥も鋼の玉を落としては来ぬじゃろうて』

「あっはい、ごもっとも……」


 ひとまず私たちは、国境の砦の中へ。

 そこで見た光景に、私たちは倫風との再会以上に面食らうことになる。


「軍人以外の人がたくさん、こんなに詰めかけてる……」


 砦の中と、昂国側の屋外には、ざっと見積もって数百人単位の人の群れがある。

 その理由を、癪ではあるけれど倫風が実に冷静に的確に、まとめて説明してくれた。


「空を飛んでるあの紺色の鳥、わかるでしょぉ? あいつがねえ、とんでもなくおっきなバクダンを、あちこちに落として回ってるのよ~。ここに集まってるのは、国境近くの小さな邑のみなさんね。あんな恐ろしいもの見せられたら、無防備な邑になんていてられないじゃな~い?」


 ふむん、と小さく息を吐いた翔霏。

 それでも倫風を信用していない厳しい目つきで、訊いた。


「その事情は分かった。なら最初の質問だ。どうしてお前、こんなところでフラフラしている。れっきとした罪人だろう」

「ええそうよ~~ン。アタシは裁判が長引いて、今までかかっちゃったの。これから海の果ての離れ小島に、労役刑で送られる途中だったのよォ。なんか肥料になる石を、ひたすら掘らされるって話ねぇ。死罪にならなかったのは央那ちゃんたちのお、か、げ。こっちからもお礼を言っとくわぁ~~ン」


 バチコン、と悪夢のようなウインクをされた。

 たしかに私は反乱の経緯を司法の役人さんに話したとき、倫風が誰かを殺した場面を見たことはない、と言ったかもしれない。

 おそらくは、たった一人残った南部の英傑として、たくさんの人々から彼の減刑を嘆願する声もあったのだろうな。


「労役の場所に移動してる最中に、ここの混乱に出くわしたってことか。ツイてんだかツイてねえんだか、わかんねえな」


 軽螢が素朴な感想を挟む。

 複雑な顔で話を聞いていた翔霏が、なにかに気付いた。


「こいつが送られるはずだったという島、ひょっとして鶴灯かくとうが見つけた鳥の巣だかじゃないのか。山ほどの肥料が眠っているという話の」

「うわ、絶対それだよ。じゃあ倫風が強制労働で掘ったリン鉱石が、ひょっとすると神台邑に運ばれてたのかもしれないのかあ……」


 裏の麗央那が色々やらかしてくれているおかげで、その未来はまだ実現していないのだけれど。

 最後に私は、倫風に対して最も率直な、最も聞きたいことを質問した。


「こんなにおかしな状況になって、騒ぎもおさまってないんだから、隙を見て逃げちゃえば良かったじゃない。あなたならいくらでもできたでしょ?」


 特殊なオネエと言う点を除けば、彼はかなり優秀で屈強な武人である。

 ただのバカではなく勘も鋭いし頭も良い。

 敵に回せば厄介極まり、味方にいれば頼もしい限りの。

 私の問いに、倫風はチャームポイントであるミステリアスな微笑を崩さず、平然とこう答えた。


「アタシが罪から逃げちゃったら、姜兄ぃやみんなのやったことが『なかったこと』になっちゃうじゃないのぉ。そんな恥ずかしい真似しておいて、あの世でみんなに会ったときに顔向けできないわよん」

「ええ、あなたはそう言うと思ってました」


 本当にこいつら南部の面白人間たちは、憎めない連中だね。

 まったくもって不本意だけれど。

 突然喜ばしくない再会を果たした倫風の言葉で、私自身も再確認する。


「なかったことになんて、させない」

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