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三百五十四話 変わることを受け容れろ

 長々と言葉を並べたけれど、本当に言いたいことはシンプルなのだ。

 私は決定打となる口説き文句を、道真さまにダメ押しでぶつける。


「裏の私は、あなたを憐れんでいます。有り余る才を持て余し、望まない政争に敗れた悲劇の人として。あなたを冥府から呼び出しているのも、敗者復活戦の機会を与えようと思ってのことでしょう。でも、ここにいる今の私は違う」


 素直に、正直に。

 今の自分の気持ちを、晴れた心で私は吐露する。


「私は、あなたを尊敬しています。あなたのように賢く素敵な大人になりたいと、昔から強く願っていました。あなたが私の目指す幸せな世界を創るお手伝いをしてくれるなら、きっと素晴らしい日々になると確信しています。裏麗央那がやろうとしている規模より、地味でささやかな結果になるとしても……」


 そこまで言ったところで、翔霏しょうひ軽螢けいけいが付け加える。


「私も麗央那に付き合いながら、学問の真似事をこの歳になって本腰入れ始めているがな。どんな答えが出るかなんて、些末なことでしかないと思うようになったよ。重要なのは、答えが出るまでの道中、楽しんで考え、豊かに学べるかどうかではないのか」

「じいちゃんにも、そうやって頑張って勉強に夢中になった若いころがあるんじゃねえの。悔しかったことをやり直すんじゃなくて、これから気持ちだけでも若返って、新しく始めてみようぜ。俺たちと一緒にさぁ」

「メェ、メェ」


 私たちの言葉を黙って聞いていた道真さまは、はーあと深い溜息を吐いて言った。


「若い、そして青すぎる。ハナを垂らした孺子こどもとは共に策謀を行えぬという、ありがたい箴言を知らぬのか」

「裏の私も精神年齢は同じだと思いますよ。それに向こうの賑やかなお仲間にだって、幼稚な人はいるんじゃないですかね。道真さまならそこを上手く突けるでしょう?」


 私の異論に道真さまは呆れた顔を浮かべる。

 そして。

 彼は決断の選択を述べる前に、忠告を一つ、私に寄越した。


「ワシが嬢ちゃんに乗り移ると言っても、簡単なことではない。例えるならそうじゃな。嬢ちゃんの魂に、ワシと言う怨念の雷が落ちるようなものじゃ。一寸ちょっとやそっとの火傷では済まんのじゃぞ。いつまでも治らぬ瘡蓋かさぶたのように、嬢ちゃんの魂の表面にワシがこびりついたままになるのじゃ。魂がかように苛まれること、果たしてどれほどの苦痛か……」

「大丈夫です」


 私は笑って道真さまを見つめて、その根拠を断言する。


「あのときも乗り越えました。今回も乗り越えられます。それが裏麗央那と私の、いちばん大きな違いです」

 

 短い私の人生で最も大事な戦いだったに違いない、きょうさんとの決着。

 立ち向かったのは私で、逃げたのは裏麗央那だ。

 微塵も、負ける気なんてしないね!


「人は変わるという、当たり前のことかのう……」


 すべてを聞き終えた道真さま。

 裏麗央那と私の、現時点での違いを十全に理解してくれたのだろう。

 

「あぁ、じいちゃんの身体が、あいつみたいに……」


 軽螢が嘆くような切ない声を漏らした。

 前回にスパルタクスが風に乗って霧散したときのように、道真さまの身体がうっすら半透明になりかかり、朧げになって行く。

 裏麗央那が道真さまの造反を敏感に察知し、彼をこの世界から消し去ろうと慌てて対処し始めたのだ。

 その状態でもなお毅然とした顔で、最後に道真さまは問うた。


「大やけどが治っても、肌には痣が残るじゃろう。ワシをその身に受け入れるとはそういうことじゃ。不可逆と言い換えてもええかの。もう二度と、今までの嬢ちゃんには戻れぬかもしれぬのじゃぞ。それでもええと言うのか」

「はい。覚悟していますし、私もそれを望んでいます」


 後戻りしない、できない自分にこそ、私はなりたい。

 今まで出会った、憧れていた人たちの多く、宿敵と認めた途轍もなく大きな存在。

 麻耶まやさんが、覇聖鳳はせおが、そしてきょうさんがそう生き切ったように。

 なりふり構わず突き進む、そんな「決意の化物」にこそなりたいのだ。

 ぱん、と自分の膝を叩いて道真さまは立ち上がり、言った。


「イカサマで作った張子の城より、丁寧に手作りした小屋に住む方がまだ幸せじゃろうか。ワシをたぶらかし唆した責任、その身で取ってもらうぞ。嬢ちゃんの働きにワシが満足できなければ、その身はワシに乗っ取られると覚悟せい」

「ふふ、それも楽しそうですね。これからよろしくお願いします!」


 私も立って両手を広げ、叡智の巨人を迎え入れる構えを見せた。

 ゴロゴロゴロ、と頭上の分厚い雲が雷鳴を鳴らす。


「怨ッ!!」


 頭上に掲げた笏を、道真さまが振り降ろす。

 指し示す先に私がいて、ドカァンと轟音が天地に鳴り響く。


「あんぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!!」


 まさに、脳髄から背骨を電撃が直撃したかのような痛みが、私の小さな身体を襲った!

 体中の関節と言う関節がギシギシと唸りを上げ、すべての内臓がそっくり裏返りそうな勢いだ!

 まるで私の体内で超ハードなヘヴィメタルバンドが、盛大にライブを開催しているかのように!

 自然と頭がガクガク揺れて、ヘッドバンキングしちゃうよ!!


「れ、麗央那、どうしたってうわぁ!?」


 私の身体に触れようとした翔霏が、ばちぃんと電撃の力に弾かれて数メートル吹っ飛んだ。

 さすがの地獄吹雪さまであっても、圧倒的な電力電圧には勝てないらしい。

 感電していないようで良かったよ。

 それでも私は歯を食いしばり、仁王立ちの状態を維持したままその場に踏ん張り続ける。


「ぼごごごごごごごぉ! ここここんなの、ぜんぜん、へっちゃらだもんねぇぇぇえ~~~~~~~ひぎぃぃぃぃぃぃッ!!」


 だって私は一度、この苦痛を乗り越えたのだから!

 青牙部せいがぶの首領、覇聖鳳と言う名の厄災を、私と言う人間とは完全に相容れない存在を、一時的にではあるけれどこの身に降ろしたことがあるんだ!

 

「ああああああのときの不快感に比べたら、ピリピリしてむしろ気持ち良いわ! 肩こりが取れそうぎぎぎぎぎぎぎ!!」


 泡を吹きながら私は強がる。

 この痛みが、軋みが、道真さまの怒り!

 誰よりも才を持ちながら、時代と環境と依怙の沙汰で忸怩たる思いを抱えて過ごさなければならなかった、彼の苦悶そのもの!

 ならば私はそれを丸ごと、受け容れなければならない!!


「この苦しみに耐えないと、あなたを受け容れる資格がないんだああああああああああああああああッ!!」


 血管も切れよとばかりに絶叫し、私はその場に前のめりに倒れた。

 ビクンビクンと手足を痙攣させ、瀕死の虫のように地面を這い、息を荒げる私。


「だだだ、大丈夫かよ、麗央那ァ……」

「メェ~……」


 おっかなびっくり近付いて私を心配する軽螢とヤギ。

 私は震える手で親指を立て、OKサインを示す。


「な、なんとか、峠は越えたみたい」


 憔悴の果てに脱力し切っているので、まだちょっとは起き上がれそうにない。

 けれど全身をバラバラにしかねない勢いだった衝撃は鳴りを潜め、徐々に私の身体は自由を取り戻しつつある。


「道真、さま……?」


 私は今一度、自分の心へ訪れた新しい客に向け、呼び掛ける。

 反応はない。

 それでも、私の脳裏あるいは胸中に「なにか別の存在」が宿ったのがわかる。

 私と言う人間の内面を、まるで静かに本を読むように、じっと見つめて覗き込んでいる、そんな気配を感じるのだ。

 

「ミチザネ.エグゼをインストール中ってとこかな……」


 低スペックなレオナコンピューターにそんな大げさなアプリを入れようとしているんだから、無理も時間もかかって当然か。

 きっと私と言う人間が辿ってきた物語を、道真さまは今、まさに読んで確認しているのだ。

 手を貸すに足る存在か、そこまでのものではないのか。

 審判が下るときに不合格だったら、私の身体は轟雷が落ちて焼け焦げてしまうか、道真さまの意識に乗っ取られてしまうのだろう。

 それでもとにかく私たちは道真さまの足止めを回避し、その上味方にまでつけてしまうという最高の結果を得た。

 よっこらせ、とふらつきながらも立ち上がり、軽螢と翔霏の顔を見て私は言った。


「先を急ごっか。ボヤボヤしてるときっと良くないことしか起きないし」


 まだ足が萎えているのでヤギの背に跨る。


「メッ、メェッ」


 お尻を叩いて前進させた。

 さあ行くぞ、どんどん行くぞ。

 唖然としながらも、慌ててついてきた翔霏に心配される。


「平気なのか? 少し休んでからの方が」

「大丈夫、大丈夫。気分は悪くないんだよね。移動しながらでもすぐ復調すると思う」


 決して強がりではなく、私は確かな実感とともに言った。

 これからずっと、あの天満天神、菅原道真さまが私と共にあり、行動を監視したり、上手く行けば助けてくれるかもしれないのだ。


「なんだか、じっとしてられないんだ。いち早く道真さまにも、面白いものをたくさん見てもらわないと。とっておきの大舞台に連れて行ってあげないと」

「急ぐのはいいけど、アテはあるんかよォ。じいちゃんが乗り移ってなにか教えてくれたんか?」


 軽螢の質問に、私は首を振る。

 まだ道真さまは、なんの啓示も私にもたらしていない。

 私の頭で考えて、その場に辿り着けと言う無言のメッセージなのだ。


「昂国の人たちを驚かせて、神さまを信じているみんなの意識を丸ごと変えるつもりなら、行き先は一つだよ」


 私の言葉にフムと軽く頷いて、翔霏が二の句を告げた。


「首都、河旭かきょくの皇城か。しかし確証はあるのか?」


 その問いに、私はドヤ顔で答えた。


「私なら、必ずそうするからね」

 

 かつて、覇聖鳳にそうされたように。

 経験から同じ「びっくり」を学んだ裏麗央那も、そうするに違いない。

 確信をも超えた直感に導かれ、私たちは北方を後にした。

 ラウンドワン、ファイト。

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