偉大なる大老 (前)
あの日の、身体中を響かせるほどの轟音は今でも忘れてない。
「シャレルーラ」
初めて名前を呼ばれたとき、どうすればいいかと悩んだ。
そもそも自分の名前では無いかもしれない。
黙って見つめていると、彼は柔らかい笑顔をみせて見つめ返してきた。
「君はシャレルーラだよ。ぼくの家族だ。君の隣もその隣も」
彼に言われるがまま隣を見ると、黒いワンピースに身を包んだ子どもが数え切れないほどずらりと並べられていた。しかも、顔も背丈も全て同じ。まさに、『人形』のようだ。
「君は18121体目の『成功作』だよ。分かったかな?シャレルーラ」
今度は、操られているかのように言葉がスルリと出てきた。
「はい、主様」
彼にそう言うと、彼は「またね」と告げ、隣の『人形』に声を掛けた。
彼が去ると、石のように体が動かなくなった。徐々に眠気も襲ってくる。
再び目を開けたとき、彼は『シュタルク』と名乗った。
前と同じ黒いワンピースを着た人形たちが、外の椅子に座り紅茶やお菓子を食べている。
木漏れ日の差す、穏やかな気候だ。
「これからは、この屋敷で仲良く暮らそう」
屋敷は『人形』たちがいても、まだ余裕があるほどの広さだ。
「シャレルーラ。ここは気に入ったかい?」
彼がそう話しかけてきたときには、19564体の『人形』たちは庭や屋敷の中にいた。はしゃぐ声がいろいろなところから聞こえる。
「はい」
「それは良かった。そうだ。君に贈り物があるんだよ。君は『特別』だからね」
彼が丁寧に畳まれた白いワンピースを渡してきた。黒いワンピースとは違い、可愛らしいデザインだ。
「ありがとうございます。…あの、」
「なんだい?」
「どうして、」
言葉を掻き消すかのような大きな声がした。
「シャレルーラ!!」
振り返ると、庭にある丘の上で手を振るシャレルーレがいた。彼女とは友達とまではいかないが、知り合いだった。彼女は18122体目の『成功作』だ。
「お友達が呼んでるみたいだね。遊んでおいで」
「はい………」
「困ったことがあればいつでもおいで」
何年、何十年経ったのか、もう分からない。
出会った頃とは違い、シュタルクの顔にはシワが多くなり、腰が曲がり始めた。日中も寝ていることが多い。それと、最近は動かなくなる『人形』が多くなった。シュタルクによると、それは『故障』と言うらしい。
「シャレルーラ、聞いて」
前とは違う、ゆっくりとした口調の『人形』が肩を叩いてきた。
あの庭にあり丘に向かう途中だった。何十年経ってもあの丘は全く変わらなかった。少し違うのは『人形』がそこら中に落ちていることぐらい。
「わたしはね、…もう、『故障』みたい…」
目を伏せて話し出す彼女には、前のような明るさがない。
「わた、し。楽しかった、よ…。………ありが、と…う……」
「シャレルーレ…?」
ガタン、と鈍い音がしてシャレルーレはそのまま倒れた。
19563体目だった。動かなくなった『人形』の19563体目。
「ゴホッ、ゴホ。シャレルーラ…」
「!主様?」
「君はやっぱり『成功作』だよ…。何も、変わっていない」
苦しそうな呼吸を繰り返すシュタルクが、柔らかな笑みをこぼした。
「シャレルーラ………」
シュタルクからの苦しそうな呼吸が聞こえなくなった。
「主様はどうして、我らを創ったのですか?」
70年前から聞きそびれていた質問は、返ってこなかった。
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