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第7話:偽りの愛と禁じられた情事

「断らなくてはならない」


王女の頭の中は、昨晩の出来事と今夜再び現れると言っていた「ローランシアの王子」のことでいっぱいだった。

彼女は自分を責め続けていた。


「私は、良い妻ではなかった……。」


結婚して半年が経った今でも、彼女は夫であるサマルティアの王子を伴侶として愛することができず、心の中ではローランシアの王子のことばかりを考えていた。彼の笑顔、冒険の日々の記憶、そして胸の奥に根付いた想い。それらが彼女を苦しめ、同時に縛りつけていた。


しかし、夫を裏切ることは絶対にしてはいけないと、彼女には分かっていた。


「私たちの結婚は政略結婚なのだ。」


王女はその現実を何度も自分に言い聞かせた。サマルティアの王子もまた、本来であれば好きな相手と結ばれ、幸せな家庭を築くべきだったのかもしれない。それでも彼は、常に彼女を見つめ、思いやる言葉をかけ続けてくれた。


夜の生活もまた、王族として世継ぎを残すという使命を果たすためのものであった。しかし彼は、それ以上の愛情を込めて彼女に接していた。


「それなのに、私は……彼の心を拒絶し続けた。」


王女の胸に罪悪感が押し寄せた。夫は彼女の身体を優しく慰め、せめて身体だけでも満たされるようにと、献身的に奉仕してくれた。それに対して、彼女は夫に何も返していない。心を閉ざしたまま、身体だけを委ねている自分を責めずにはいられなかった。


「私は、彼のために一度も心から奉仕することがなかった……。」


昨晩の出来事が彼女の中で鮮明によみがえった。ローランシアの王子に姿を変えたサマルティアの王子と知らず、彼に舌を絡ませ、自ら応じてしまったこと。その瞬間の感覚は、罪そのものだった。


「今晩、ローランシアの王子が再び訪れても、私は絶対に断らなくてはならない。」


彼女はそう決意した。夫を裏切る行為を繰り返すわけにはいかない。彼の優しさに背くことは、自分にとっても許されるものではなかった。


しかし、彼女はこの問題を夫に相談することもできなかった。


「二人はそれぞれの国の王子なのだ。」


もしも、ローランシアの王子がサマルティアの王子の妻に不貞を働いたとなれば、それは二国間の重大な問題に発展しかねない。最悪の場合、戦争さえも引き起こす可能性がある。それに何よりも、昨晩、自分の意志で「ローランシアの王子」と舌を絡めたという裏切りの事実を告げることはできなかった。


「こんな愚かな私を、夫はどう思うだろう……。」


彼女の決意と後悔が交錯する中、夜は静かに迫っていた。



********************



トントン……トントン……

 

バルコニーの窓を叩く音が静かな夜に響いた。


「今晩も来たよ。」


ローランシアの王子に姿を変えたサマルティアの王子は、薄暗い寝室の中を覗き込みながら声をかけた。その手には、記録の水晶球が握られており、今夜も寝室で起きる全てを記録しようと準備を整えていた。


ムーンベリクの王女は、その音と声に少し躊躇したものの、やがて窓を開け、彼を部屋の中に招き入れた。


王女が身に着けている服装を見た瞬間、サマルティアの王子は思わず目を見開いた。


それは、普段の就寝時に着る薄手の寝間着ではなく、汚れや傷が目立つ法衣姿だった。

それはかつて、彼女がローランシアの王子、サマルティアの王子と共に魔王を倒すための冒険をしていた頃に身にまとっていた旅着そのものだった。


王女はこの服を選ぶことで、自分たちが大切な仲間だったことを「ローランシアの王子」に思い出させたかった。そして、これから彼がしようとしている行為が、彼らの築いた友情を壊す行為であると伝えたかったのだ。


しかし、王女が諭す言葉を発する前に、「ローランシアの王子」はその行動に出た。


王女が何かを言う間もなく、王子は彼女をベッドに押し倒した。


「……っ!」


王女の声にならない叫びが漏れたが、目の前の「ローランシアの王子」の様子に動揺する。彼はその服を見つめ、まるで抑えきれない興奮に駆られたようだった。


「ああ、この服だよ、この服……!」


彼の声は震えていた。そして続ける言葉が、王女をさらに驚かせた。


「俺は冒険の間ずっと、この服を着て一生懸命戦うお前を抱きたかったんだ……!」


その言葉――それは変装しているサマルティアの王子の、本音だった。


冒険の日々の中で、彼は、この服を纏い、戦い続けた王女の強さと美しさに心を奪われていたのだ。


王女は抵抗しようとした。ベッドの上で押し付けられる形になりながらも、その手を突き出し、彼を遠ざけようとする。


「ダメ……それはいけません!」


そう言いながら、彼女は必死に抵抗する。しかし、目の前の「ローランシアの王子」が耳元で彼女の香りを嗅ぎ、鼻先をくすぐるような仕草をした瞬間――彼女の中で何かが崩れた。


うれしい……そう、彼女はその感情をはっきりと感じた。


「私も、冒険の間ずっと、彼に抱かれたかった……。」


自分の想いに気づいてしまった瞬間、王女の理性は溶けるように霧散していった。


彼女の手は力を失い、ベッドの上で「ローランシアの王子」を受け入れる体勢に変わっていった。その瞳はどこか熱を帯び、頬を染めて彼を見つめていた。


その姿を見たサマルティアの王子は、王女の心の奥底にある真実を突きつけられると同時に、記録の水晶球にその全てを収めていることに満足感を覚えていた。


「君の全てが、今ここに記録されている。」



********************



一旦抵抗をやめてしまうと、王女は「ローランシアの王子」のなすがままになった。彼が情熱的に彼女に触れるたび、その激しさに驚きながらも、嫌悪感は全くなかった。それどころか、どこかでそれを心待ちにしていた自分がいることに気づき、愕然とした。


「こんな気持ちは……夫に対して一度も抱いたことがなかった。」


サマルティアの王子は、結婚から半年の間、夜ごとに優しく接し、彼女を気遣いながら触れてくれた。その献身的な態度に、彼女はいつか彼を愛せるようになるのではないかと思っていた。実際、少しずつ夫に対する拒否感は薄れ、身体も応じるようになっていた。


しかし、今、目の前の「ローランシアの王子」による行為は、それとはまったく異なるものだった。


その熱量、勢い、そして彼女を包み込むような力強さ――それらすべてが、彼女の頭を真っ白にし、身体を支配していった。彼が触れるたび、彼女の心は乱れ、身体の奥底から何かが溢れ出す感覚に襲われた。


いつの間にか、彼女の手は自ら彼に触れていた。その動きには躊躇がなく、まるで彼の反応を確かめるようだった。


「この人も、私と同じように夢中にさせたい……。」


その思いが彼女の理性をさらに薄れさせ、彼のために何かをしてあげたいという気持ちが強くなっていった。


その瞬間、彼女の中で一つの結論が浮かんでいた。彼が望むことすべてを叶えることが、本当に自分が望んでいることなのではないかと――。


「夫のためではなく、彼のために……。」


薄れゆく理性の中で、王女は考え得る限りの方法で彼を喜ばせようと動き始めた。その行動は、今まで感じたことのない衝動的なものだった。



********************



結婚してから半年、王女はずっと考えていた。夫から受けた愛情や親切な行為にどう応えるべきかを。


「返さなくては、返さなくては……。」


彼の優しさや献身に感謝しながらも、心の奥底でその想いを完全に受け入れられない自分に気づいていた。そのたびに、自分がどれだけ未熟で、罪深い存在なのかを痛感していた。


しかし、今まさに、彼女の中で全く違う感情が芽生えていた。


「愛は返すものではない、心から湧き出るものだ。」


そして彼女は気づいた。ローランシアの王子をただただ喜ばせたいという、この気持ちこそが愛なのだ。そこに感謝や義務などはない。


「ただただ、私はローランシアの王子のことが好きで、彼が喜ぶことがしたいのだ。」


王女は、今まで一度も試したことのない行為に踏み出していた。夫にも見せたことがない、初めての挑戦だった。これまで抱いていた偏見や迷いを振り払うようにして、彼女は一歩を踏み出した。


「こんなことは淑女のすることではない……。」


彼女の心にはためらいがあった。醜く、汚く、臭く、苦く、敬遠すべきもの――そんな先入観が頭をよぎる。それでも、彼に喜んでもらいたいという気持ちが、その迷いを押し流した。


しかし、実際に行為を始めてみると、それは彼女の想像とは全く異なっていた。グロテスクだと思っていたそれには、彼女の心を強く揺さぶるような力強さが宿っていた。


「こんな感覚があるなんて……。」


汚いどころか、彼女はもっと近づきたいと感じた。彼の存在をさらに深く感じ、独特な匂いさえも心地よく感じてしまう。その味は脳を直接溶かすような甘美なものだった。それは、彼女にとって未知の感覚だった。



********************



王子は、王女のぎこちない行為にも関わらず、それを喜び、満足している様子だった。彼の穏やかな微笑み、時折見せる恍惚の表情――それらすべてが、王女の心に強く響いた。


「こんな風に喜んでくれるなら、もっと彼のために何かをしたい……。」


その思いが、彼女の不安やためらいを次第に消し去っていった。初めてで完璧にはいかなかったものの、彼女にとっては一歩を踏み出せたという実感があった。それ以上に、彼がその行為を受け入れ、喜んでくれたことが何よりも嬉しかった。


やがて、二人の距離はさらに近づき、彼と一つになる瞬間が訪れた。その時、彼女の胸には熱い感情が溢れ出していた。


「この人とこうして一つになれるなんて……。」


その後、彼女の記憶は断片的だった。彼がどのように彼女を抱き、どれだけ熱い言葉を囁いてくれたのか――それらすべてが心地よい混乱の中に溶け込んでいった。


ただ一つだけはっきりと覚えていることがある。それは、彼の名前を何度も叫んでいたことだ。


「ローランシアの王子……!ローランシアの王子……!」


自分でも驚くほど、その言葉が自然に口をついて出ていた。それは彼女の心の中にずっと潜んでいた想いが、ようやく解放された瞬間だったのかもしれない。


彼と一つになった瞬間の感覚が、彼女の頭を真っ白にし、全てを忘れさせてくれた。ただ、彼の存在だけが彼女の中に刻まれていた。


その実感が、彼女の心と身体をさらに深く結びつけていくように感じられた。



********************



ローランシアの王子がバルコニーから去り、静けさが寝室を包み込んだ時、王女はようやく一人になった。その瞬間、心の奥底から激しい罪悪感がこみ上げてきた。


「なんてことをしてしまったの……。」


頭の中で、その言葉が繰り返し響いた。今もまだ肌に残る温もり、耳に残る彼の声、全身を覆う行為の余韻――それらが、彼女の胸を重く締め付けた。


彼女はベッドに座り込むと、震える手で顔を覆った。涙が頬を伝い、止めようとしても止まらなかった。


「私は夫を裏切った……。」


夫であるサマルティアの王子が、これまでどれほど彼女を大切にしてくれたかを思い返すたび、胸の奥に鋭い痛みが走った。


「あの人はいつだって私を思いやり、優しく接してくれた。それなのに私は……。」


彼がそっと触れるたびに投げかけてくれた温かい言葉、傷つけないように配慮された態度――すべてが彼の深い愛情の証だった。それを理解していながら、彼女は応えることができず、むしろ拒絶してしまっていた。


「そんな私が、どうしてローランシアの王子にはあんなにも簡単に心も身体も委ねてしまったの?」


その問いに対する答えは見つからなかった。ただ一つ言えるのは、彼と一つになった瞬間、自分が感じた喜びと幸福感が、夫との時間では一度も感じられなかったものだったということだけだ。


それがまた彼女を苦しめた。


「私は最低だ……。」


彼女は声を押し殺して泣いた。自分のしたことがどれだけ大きな裏切りであり、どれだけ夫を傷つける行為であったかを思い知りながらも、それでも完全に後悔しきれない自分がいた。


「私は、夫にどう顔を向ければいいの……。」


罪悪感と自己嫌悪、そしてその奥底に潜むわずかな幸福感。それらが彼女の心を激しく揺さぶり、涙が枯れるまで彼女を苦しめ続けた。

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