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第6話:裏切りの口づけ

次の晩、サマルティアの王子は再び王女に告げた。


「今日も警護に加わるから、外泊するよ。君はゆっくり休んでくれ。」


王女は静かに頷いたが、その胸には複雑な感情が渦巻いていた。前の夜、ローランシアの王子の名前を口にしながら自分を慰めてしまったことが、夫に対する裏切りであるように感じられたからだ。


「もう二度とこんなことはしない。」


彼女は後悔とともに固い決意をした。夫に対して恥じるような行為を繰り返してはならない。彼の優しさに応えるためにも、心を強く持つべきだと。



********************



その夜、寝室のバルコニーに続く窓が不意に叩かれる音がした。

 

トントン……トントン……


王女は警戒しながら窓へと歩み寄り、外を覗いた。そして驚愕する。

そこに立っていたのは、なんとローランシアの王子だったのだ。


「こんな夜更けに、どうして……?」


驚きの中で窓を開け、彼を自室に招き入れる。


王女が質問する間もなく、ローランシアの王子は無言で彼女を抱きしめた。その温もりに一瞬呆然とする王女だったが、すぐに拒絶の声を上げた。

 

「いけません!それはいけません!」


そう叫びながらも、王女の抵抗は弱々しく、ほとんど力が入っていなかった。目の前の「彼」の存在が、心の中で燻り続けていた想いを呼び起こしていたのだ。


「お前、俺のことが好きなんだろ。」


その低く落ち着いた声が耳元で囁かれた瞬間、王女の動きは完全に止まった。


「そんなこと……」

 

彼女はかすれた声で答え、視線を伏せる。


「前から俺のことを好きなのは知ってるんだぜ。昨日会った時、今でも俺を想ってるってすぐに分かったよ。」


その言葉が耳に届いた瞬間、王女の心臓が激しく鼓動し始めた。彼が近づき、さらに耳元で囁くたびに、彼女の理性は薄れていく。


「否定しないんだな。」


そう言いながら、ローランシアの王子は王女の頬に触れ、彼女の唇にそっとキスを落とした。その瞬間、王女の頭の中は真っ白になり、何も考えられなくなっていた。



********************



だが、彼女の目の前にいるローランシアの王子は本物ではなかった。

実は、この「ローランシアの王子」は、魔法のマスクを使ってサマルティアの王子が変装したものだった。


このマスクは、外見だけでなく声や仕草まで任意の人物に変装できる強力なアイテムだ。危険性が高いため、サマルティア王家で厳重に保管されていたが、王子の地位であれば持ち出すのは容易だった。


もちろん、今夜も王子は記録の水晶を手元に持ち、寝室で起きていることをすべて記録していた。しかし、それは王女のことを深く知るためではなかった。


「この記録を使えば、彼女を追い込むことができる。」


王子の胸には、愛情だけではなく、歪んだ支配欲と復讐心が宿っていた。王女が「ローランシアの王子」と信じた自分に心を開き、彼を受け入れる瞬間を記録として残すことで、彼女の心を抑えつけ、完全に自分のものにする手段とするつもりだったのだ。


「君が心の中で何を想おうと、僕の手の中で逃げ場を失う時が来る。」


彼はその瞬間を待ちながら、王女の反応を冷静に観察していた。彼女が自分を拒みきれず、「ローランシアの王子」に心を委ねるその姿を見て、そして記録することで、彼は優越感と満足感を深めていった。



********************



30分はキスをしていただろうか。

ローランシアの王子に姿を変えたサマルティアの王子は、ゆっくりと舌を絡ませながら、王女の反応をじっくりと観察していた。彼が舌を絡めるたびに、王女の身体はビクリと震え、素直な反応を見せる。


初めは驚きと戸惑いの中にいた王女だったが、次第に自ら舌を動かし、彼の動きに応じるようになっていった。その表情と反応は、サマルティアの王子が彼女と夜を共に過ごす中では見たことがないものだった。


「こんなにも素直に応じる姿……これが本当の彼女なのか。」


王女の瞳には微かな潤みが浮かび、彼の舌に自ら絡ませるその仕草は、サマルティアの王子の目には衝撃的でさえあった。これまで、自分との時間では決して見せなかった表情や反応が、彼女の中にある別の真実を突きつけているようだった。


「僕の前では、こんな風に心を開いたことがあっただろうか……。」


王子の胸に湧き上がる感情は複雑だった。嫉妬とともに、彼女の全てを支配したいという欲望が膨らむ。彼の唇が彼女の唇を離れるたび、彼女の瞳はぼんやりと彼を見つめ、息を乱しながらもさらなる接触を求めているようだった。


王子はそっと唇を離し、彼女の耳元で静かに囁いた。


「急に来て、驚かせちゃって悪かった。また明日の晩も来るから、心と身体の準備をしておいてくれ。」


その言葉を残すと、王子はバルコニーへと歩み寄り、夜の闇に姿を消した。



********************



一人になった王女は、呆然とその場に立ち尽くしていた。キスの感覚がまだ唇に残り、その余韻が彼女の心を乱していた。


しかし、次第に自分の身体がどうしようもなく熱くなっていることに気づく。頬は火照り、胸は高鳴り、身体の奥に奇妙な疼きを覚えていた。それは彼のキスによって引き起こされたものであり、自分でも抑えきれない感情が渦巻いていた。


「ああ……こんなことはもうしないと誓ったばかりなのに……。」


その思いとは裏腹に、彼女の心にはローランシアの王子の姿が鮮明に浮かんでいた。


気づけば、彼の名前を何度も呟いていた。


「ローランシアの王子様……ローランシアの王子様……」


そして、その声に合わせるように、自らの手が動き出していた。理性が薄れる中、彼女は自分の中にある渇望を慰めるために、またも一人罪深い夜を過ごしてしまうのだった。


しかし、王女が気づいていないことが一つあった。この情景もまた、記録の水晶が余すことなく記録していたのだ。


サマルティアの王子がバルコニーを離れる際、彼女の一夜を記録するために水晶をその場に残していた。彼女の動き、声、そして全ての反応が、水晶の中に刻み込まれていく。


「これで君の全てを手に入れられる。」


王子の心には、愛情とともに満足感が湧き上がっていた。彼女の心と身体がどれほど揺れ動いているのかを目の当たりにし、その真実を記録することで、彼は彼女を完全に支配するための準備を進めていたのだ。

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