第4話:王女の心と体の乖離
サマルティアの王子は、王女との生活を重ねる中で、女性という存在について新たな理解を得ていった。物語や伝聞でしか知らなかった女性像は、心と身体が完全に一致する存在だった。好きな相手でなければ、決して心も身体も満たされることはない――それが当然だと思っていた。
しかし、現実の女性――目の前の王女は違っていた。
彼女の心は依然としてローランシアの王子を想っている。それは隠しようもない事実だった。しかし、彼女の身体は、次第に王子の触れ方や動きに反応を示すようになっていた。それは彼女自身が意図しているものではなく、身体が独自に示す反応のようだった。
結婚当初、王女は涙を流してばかりだった。王子の目の前で心の痛みを隠すこともできず、悲しみの中で彼に身を委ねるしかなかった。王子はその悲壮な表情を見て、彼女の苦しみを受け入れる覚悟を決めた。
「僕は急がない。君の心がいつか僕に向く日を待つ。」
彼は彼女にそう語り、彼女の身体に触れる時も、慎重にその反応を確かめながら進めた。
しかし、時が経つにつれ、彼は気づき始めた。彼女の心は依然として遠くにありながらも、身体が次第に自分を受け入れるようになっていることに。それは彼女が彼に心を開いたからではなく、身体が自然と反応しているからだと理解した。
3か月が過ぎた頃、王女の身体は明らかに彼の存在に応答していた。涙を浮かべながらも、彼の動きに反応し、次第にその感覚に包まれていく姿を、王子は複雑な心境で見つめていた。
「これは彼女が僕を愛している証ではない。ただ、身体が僕を受け入れただけだ。」
王子はその事実を噛み締めるたびに、自分がどこに向かっているのか分からなくなることがあった。彼女を愛し、彼女の心を手に入れることを願っていたはずの自分が、彼女の身体だけを得て満足しているのではないかという疑念が胸をよぎることもあった。
彼女が悲しみを抱えながらも、自分の身体が反応することに戸惑っている様子を見て、王子はさらに複雑な感情を抱え込む。
「彼女の心を手に入れるために、僕は何をすればいいのだろう。」
王子は問い続けた。その答えが見つからないまま、日々が過ぎていった。
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サマルティアの王子は、時間だけが王女の心を解決する唯一の手段だと悟るようになっていた。彼女のローランシアの王子への想い、それを消し去ることも、強制的に自分に向けさせることもできない。無理に心を引き寄せようとすれば、彼女の心をさらに傷つけるだけだ。
「今の僕にできるのは、彼女のそばにいることだけだ。」
そう思う一方で、彼の胸の内には別の感情が芽生え始めていた。それは、彼女の心と身体が乖離している状態をどこか楽しんでいる自分の存在だった。
王女が身体を委ねるたび、その瞳にはまだ悲しみが宿っている。それでも身体が彼に応じる瞬間、自分だけが知る彼女の秘密を手にしているような感覚が彼を満たしていった。
「彼女が自らを不貞だと言うのであれば、僕のこの楽しみも許されるはずだ。」
そう自分に言い聞かせながら、彼は彼女との夜を過ごすようになった。彼女の心が自分に向かないことへの焦りや嫉妬を、彼はその「楽しみ」で埋めようとしていたのだ。
ある夜、王女が静かに涙を流しながら彼に言った。
「私は、あなたを愛せない自分が許せません。私の心が彼に囚われたまま、こうしてあなたに身体を許すことが、私にとって何よりも罪深いのです。」
その言葉を聞いても、王子は彼女を責めることはしなかった。むしろ、優しく微笑みながら、彼女の髪を撫でて言った。
「それでいいんだよ。君がどう感じようと、君は僕の隣にいる。それだけで十分だ。」
彼女の悲しみを受け止めるふりをしながらも、彼は心の奥底で異なる感情を抱いていた。それは彼女の心を無視して身体だけを支配しているという満足感だった。
「君が他の男を想いながらも、僕の隣にいる。君がそれを罪だと思うのなら、僕のこの感覚も同じ罪だ。それでも構わない。」
その夜、彼はいつも以上に彼女の身体に触れ、その反応を確かめた。彼女の瞳には涙が浮かびながらも、彼女の身体は彼を受け入れていた。その光景に、王子は微かな満足感を覚えた。
「君の心が僕に向く日が来るまで、僕は君の全てを受け入れる。」
王子はそう誓うように心の中で呟いたが、その誓いの中には、彼女の心を完全に手に入れる自信は含まれていなかった。ただ、今の彼にとって重要なのは、彼女が自分の隣にいるという事実だけだった。
王女の心が変わるかどうかは、まだ誰にもわからない。しかし、その時間を待つ間、王子は彼女の身体が自分に応じる事実を受け入れ、それを密かな安堵として楽しむ道を選んだ。
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サマルティアの王子は、昼間の穏やかな時間に、よく王女と冒険の日々の話をするようになった。ローランシアの王子、ムーンベリクの王女、そして自分の3人で旅をしていたあの頃――魔物に立ち向かい、互いに助け合い、笑い合った日々を語り合うたび、王女の顔には自然と笑顔が浮かんだ。
昼の王女は、心から楽しそうに笑う。その声は鈴のように軽やかで、彼女の瞳は旅の記憶を思い出すたびに輝きを増していた。
「覚えている? あの時、ローランシアの王子が罠にかかって、必死に抜け出そうとしたあの顔!」
王女が思い出しながら笑い、肩を揺らす。その無邪気な様子に、王子は思わず見とれてしまった。
「本当に、笑顔が似合う。」
王子の胸には、昼間の彼女を見るたびに愛おしさが募っていく。彼女の笑顔が、この世界で一番美しいと思えるほどだった。しかし、夜になると、そのギャップが彼を別の形で満たしていった。
夜の王女は、昼間の明るさとは打って変わって、涙を浮かべながら彼に身を委ねる。彼の触れる手に応じる身体を持ちながらも、彼女の瞳には悲壮感が漂っていた。
王子は、昼と夜の彼女の違いに翻弄されながらも、そのギャップを楽しんでいる自分に気づいていた。
「あのキラキラと輝いていた王女が、涙を流しながら僕に応じている。彼女の笑顔を覚えているからこそ、その反応が僕を満たすのだ。」
彼は心の中でそう呟いた。ローランシアの王子への想いを胸に抱えたままの王女。しかし、彼女の身体は確かに自分に応じ、彼女の心はまだ遠くとも、彼女が自分のものだと感じる瞬間――それが彼に強烈な満足感を与えていた。
「あの幸せそうな彼女が、夜には涙を浮かべる。その姿も、今は僕だけが知っているものだ。」
昼間、王女が笑顔でローランシアの王子との思い出を語るたび、王子はふと嫉妬の感情を抱くこともあった。だが、その感情さえも夜には快感に変わった。
「君の笑顔も、君の涙も、全てが僕だけのものだ。」
王子は、そう思うことで自分を納得させていた。心の奥底には、この状況が正しいのかという疑問がうごめいていたものの、彼女が自分の隣にいる事実が彼にとっての全てだった。
王女の心がローランシアの王子を忘れる日が来るかどうかは、まだわからない。しかし、王子はその日を待つことに焦らず、彼女と過ごす現在を自分なりに楽しむ道を選んでいた。