第11話:罰(その3)「淑女の教育と不貞の代償」
ある日の昼過ぎ、ムーンベリクの王女は、夫であるサマルティアの王子から貴族の娘たちが通う学び舎の教室へと呼び出された。教室にはすでに王子と十数人の少女たちが椅子に座って待っていた。王女は嫌な予感を覚えながらも、王子に対してうやうやしく尋ねた。
「本日はどのような御用でしょうか?」
王子は冷静に言い放つ。
「今日は貴族のご令嬢たちに、淑女としてあるべき心持ちをレクチャーしてほしい。ムーンベリク家の姫として、幼少期から厳格な教育を受けてきた君なら、彼女たちのお手本になるだろう。」
王女は一瞬の迷いを隠しながら、言われるがままに講義を始めた。
彼女の声は透き通り、堂々とした姿勢から、厳格に育てられた彼女の素養が窺える。
「まず、社交面についてお話しします。」
王女は挨拶や食事、舞踏会での振る舞いなど、貴族社会の規範を守る行動について述べ、次に言葉遣いの重要性を強調した。丁寧で優美な言葉遣いが淑女の品格を高める、と力強く語る。
続けて、家庭内で必要なスキルや教養についても語った。
家政管理や刺繍、文学と詩の知識。彼女はそれらすべてを流れるように説明し、完璧にそらんじてみせた。
教室内の少女たちはその優雅な講義に魅了されていたが、次の項目に差し掛かったとき、王女は言葉を詰まらせた。
「夫への従順……。」
そう言いかけた瞬間、彼女の声はかすれた。結婚を通じて夫に仕えるという教え、それが貴族女性としての誇りであることを幾度も叩き込まれた幼少期の記憶が、鮮明に蘇る。そして、ローランシアの王子との不貞という裏切りの記憶が、それに重なって彼女の胸を締め付けた。王女は動揺を隠そうと深く息を吸い、震える声で続けた。
「……夫に敬意を払い、忠誠を誓い、常に支えとなる存在であるべきです。家庭を守り、夫の安らぎを最優先に考え、心からの献身を捧げることが求められます……。」
サマルティアの王子は彼女の動揺を見逃さなかった。
「夫への忠誠とはどういったものか?」
王女は苦しそうに答えた。
「……夫への貞操を守り、夫を裏切らず、夫の心が安らかになるように支えることです。」
言葉を発するたび、彼女の胸に痛みが走った。
サマルティアの王子はさらに問いを重ねる。
「もしも、貴族に嫁いだ妻が不貞を働いて夫を裏切った場合、その女性はどうするべきなのだろう?」
王女は動揺を隠しながら答えた。
「不倫をした女性は……己の罪深さを悟り、夫と神の前でその過ちを認め……その……心からの悔恨を……示すべきです。そして、その行いによって傷つけた夫の名誉を……回復するために、全身全霊を尽くし……決して……二度とそのような過ちを繰り返さない誓いを……立てるべきです……。」
彼女は言葉を詰まらせ、視線を伏せた。
「……また、夫が赦しを……与えない場合は、その決定を受け入れて……静かにその罰に従うべきでしょう……。」
その言葉の裏で、王女の心は罪悪感で押しつぶされそうだった。
「さすが我が妻、すばらしい回答だ。ご令嬢たち、何か質問はあるか。」
一人の少女が手を上げて発言する。
「王女様、さきほど淑女は夫に貞操を守り、決して裏切らず、夫の心が安らかになるよう支えるものだとおっしゃいましたよね。不貞を行う女性って、どうして夫以外の男性とお会いしたいと思うのでしょうか?」
少女は無邪気に尋ねたはずだった。しかし、その言葉はまるで王女を追い詰めるかのように響いた。
王子が促す。
「ほら、未来の淑女の質問だ。答えてやってくれ。」
王女は羞恥で顔を赤らめながらも、搾り出すように答えた。
「……不貞を働く女性というのは……その……自分の……弱さに負けて……欲望に……溺れてしまった……愚か者です。その行為によって……夫の信頼を裏切り、家庭を壊し……愛する人々を……深く傷つける……だけでなく……家柄や……両親の……名誉をも汚してしまいます……。」
彼女は涙を浮かべながら、言葉を振り絞るように続けた。
「……貴族として生まれた以上……私たち一人ひとりの行動が……どれほど家名に影響を与えるかを……理解していなければ……なりません。そんな女性は……自分の過ちを……正すどころか……すべてを失うだけ……です……。だから……淑女である以上……絶対に……そのような愚かな道を……歩んではいけません……。」
講義が終わり、自室に戻った王女は泣き崩れた。自分が犯した罪を再確認し、懺悔の念で胸がいっぱいだったからだ。
そこに王子が現れる。
「さあ、さきほどのありがたい講義に従って、全身全霊を尽くして謝罪してもらおうか。」
王女は涙ながらに床に這いつくばり、夫にすがり寄った。震える声で許しを請う彼女に、王子は冷たく笑みを浮かべる。
「謝罪だけでは足りない。心からの償いを、行動で示してもらおう。」
王女は淑女の誇りをかなぐり捨てるように、娼婦のような行為を余儀なくされた。その行為のすべてが彼女にとって屈辱であり、涙が止まることはなかった。
その最中、王女は心の中で亡き父と母に謝罪を続けた。
「立派な淑女に育てていただいたのに……私はこんなにも……愚かに落ちてしまいました……。本当に申し訳ございません……。」
彼女の胸には後悔と羞恥が押し寄せ、涙が止まることはなかった。