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花の火

作者: 椋木 大助

 青春は、その時間が無くなって初めてその価値に気づく。

 今日も僕は学校に行くために汗をかきながら長い通学路を歩く。教室に入ると見慣れた顔のやつが話しかけてくる。

「おはよ壱黄いやー今日も暑いな」

そう話しかけてくるのは同じ部活に所属している優介だ。壱黄というのは僕の名前だ。彼は日に焼けた顔をこちらに向けてくる。僕は

「おはよう」

とだけ返してそのまま自分の席があるほうに向かう。席についてメッセージを確認すると、通知が一件入っていた。メッセージを確認しようとすると、先ほどと同じ声が僕の頭の上から聞こえてくる。

「お前また美青と話してんのかよ。いい加減遊びにくらい誘ったらどうだよ」

「うるさいな。言われなくてもわかってるよ」

 美青というのは僕がひそかに恋心を抱いてる同級生の女の子だ。この子に恋をしたのは廊下でふと目に入ったときからだ。いわゆる一目惚れってやつだろう。高校3年生の夏になってまでこんなにタイプの子を見つけるなんて。部活の仲間に聞くと同じクラスだというやつがいたので、協力してもらって連絡先を聞いた。そこから何気ない話をずっと続けている。しかしまだ直接会って話したこともない。遊びに誘おうかと考えることもあるが、断られたらと考えると一歩が踏み出せない。僕はスマホの画面を閉じ、優介と話をしていると先生が教室に入ってきて朝のホームルームが始まった。高校3年生の夏ということもあり、周りには受験ムードが漂っている。友達の優介は持ち前の運動神経から都内の大学にスポーツ推薦で入学することが決まっている。僕はスポーツも勉強も人並みしかできないため、毎日部活と受験勉強に明け暮れている。眠い授業をぼーっと流し放課後の時間になった。もうすぐ最後の大会ということもあり、部活には真剣な雰囲気が流れている。昼休みに今日は走り込みだと連絡が来ていたことを思い出し、少し落ち込んだ状態で練習に入る。そして走りを終え、片づけをして着替えを済ませ、優介と一緒に帰る。

「もうすぐ体育祭だな。今年はハチマキどーすんの?」

優介が汗を拭きながら僕に話しかける。うちの高校の体育祭には代々伝わるおまじないがある。それは

”自分のハチマキと相手のハチマキを交換すると、その相手と結ばれる”といったものだ。ハチマキを交換する仲なら付き合うのは当然だろう。とバカにしていたが、僕は今度の体育祭で美青とハチマキ交換をしようと考えている。なんとも世にあふれた馬鹿らしいおまじないであったが、せっかくの高校生活なので試してみようと思った。

 優介と別れ家に着くとすぐに美青にメッセージを送った。

「体育祭でハチマキ交換しない?」

 ドキドキしながらご飯とお風呂を済ませ、受験勉強をしていると画面に通知が来た。

「いいよ!」

 僕は勉強なんか手につかないくらい喜んだ。

 そこから月日がたち、体育祭の日になった。いつものように学校までの道を歩いていると、後ろから肩をたたかれた。見ると、優介がこっちを見て笑っていた。

「ハチマキ美青に渡すんだろ?頑張って来いよ」

「大丈夫だから心配すんな」

 そういって笑いかけたが本当は心臓が朝からうるさい。

 そこからグラウンドに向かい美青の姿を探す。しかし、体育祭が始まる時間になっても美青の姿が見当たらない。美青と同じクラスの部活の仲間を見つけたので聞いてみた。

「あー美青ね。あいつ昨日から入院してるらしいよ」

 僕は急いで美青にメッセージを送った。

「体調大丈夫?」

 そのメッセージは体育祭が終わるまで既読になることはなかった。

 そこから月日がたち夏休みに入り、最後の大会に向けて練習をした日の帰り、スマホに1件の通知が来た。

「体育祭いけなくてごめん。今胡蘭病院にいるんだ。」

 そういって位置情報が送られてきた。練習終わりで疲れていたはずだが、気づいたらその病院に向かっていた。

 病院に到着し待合室に行き、案内された部屋に行くと美青の姿があった。

「大丈夫か」

 そう聞く僕に美青は

「大丈夫だよ。こうやって直接話すのは初めてだね」

 と笑いかける。

 美青に話を聞くと、貧血で家の中で倒れたらしい。とりあえず大ごとではなかったと安心する僕に、美青は

「そういえば今日この病院の下で夏祭りやるんだ。一緒に行かない?」

 と聞いてきた。もちろん断る理由もなかったので、病院の許可をとって一緒に夏祭りを回った。人混みではぐれると危ないからと言って手をつないで歩いた。僕は付き合っているんじゃないかと勘違いするほどに心臓が高鳴っていた。

「実は病室に体育祭のハチマキおいてあるんだ。体育祭は終わっちゃったけど、今度交換しようよ」

 そう言った美青の笑顔に僕は

「もちろん。明日にでも持ってくるね」

 と笑いかけた。その後メッセージでは話せなかった色々な話をし、最後に花火が上がるということを聞いたので、病室から一緒に見ることにした。花火に夢中になっている美青の綺麗な横顔をずっと見ていた。その視線に気づいたのか、僕のほうを向いて、

「どうしたの?」

 と聞くその顔は花火よりも綺麗だった。

「なんでもないよ」

 と言い視線を花火に直した瞬間、大きな緑の花火が空に咲いた。

 花火が終わった後、明日もお見舞いに行き、ハチマキを交換することを約束し家に帰った。

 家に帰ってすぐに美青にメッセージを送った。

「明日部活が終わってからだから17時くらいに病院に行くね」

 僕は興奮した状態のまま眠りについた。

 次の日、部活を終わらしてメッセージを見ても既読がついていない。病院に行ってもいいのか不安にはなったが、病院に行く足は止まらなかった。

 昨日のように待合室に行き、美青の部屋番号を伝えると、その看護師さんは驚いた顔をして裏に行った。

 その後、美青の病室とは違う別の部屋に通され、待っていると男の人が神妙な顔で僕に冷たく言った。

「美青さんは亡くなりました。昨日の夜に病室から飛び降りた形跡がありました」

 昨日の夜?そんなはずはない。花火を2人で見た後の話だ。飛び降りるなんて絶対にありえない。

 僕はその場で崩れ落ちた。そこからの記憶はない。どれくらい時間がたったのかも、今が何月何日なのかもわからない。ただもう一度彼女に会いたい。そんな気持ちが頭を回っている。夏休みも中盤に差し掛かったころ、久しぶりに優介からメッセージが

「とりあえず部活に来てみろよ。みんな心配してるぞ」

 そのメッセージで、自分が2週間ほど部活を無断欠席していることに気づいた。

 部活に顔を出すと、いつもの見慣れたメンバーが待っていてくれた。学校の生徒が亡くなったということもあり、顧問の先生は部活を休んだ理由について深くは聞いてこなかった。そして、部活を終えると、どうしてももう一度美青に会いたくなり、病室へと駆け込んだ。美青の死を伝えてくれた先生と会って話を聞くと、美青はおそらく薬の副作用によって間違えて飛び降りてしまった。と教えてくれた。どこを見回しても美青の姿はない。しかし、その話が聞けただけでも僕の心を少し救ってくれた。家に帰ると、机の上にはちりばめられた参考書が。自分が受験生ということを思い出し、机に向かうが、頭に浮かぶのは美青の笑顔だけ。その後、最後の大会を終え、何とか受験も終えた僕は、気づいたら1年がたち、美青と一緒に回った夏祭りの日に。

 朝起きるとスマホに1通のメッセージが。僕は目を疑った。画面に表示されている名前が”美青”だったからだ。慌てて確認すると1件の写真が。

 そこには、緑色のハチマキに

「花火に止まる蝶」

 とだけ書かれていた。

 僕は何のことかわからなかったが、意味を推測しようと頑張った。が何も手がかりがつかめなかった。

 花火の時間になると、僕は美青と会った病院に行き、承諾を得て美青がいた病室から花火を見ることにした。今年もフィナーレは緑色の花火だった。

 緑のハチマキに「花火に止まる蝶」そして病室から見る花火。

 そこで僕はようやく気付いた。美青が僕に何を伝えたかったのか。

 二人が一つになることで初めてその意味を持たせるように。

 青と黄が緑になるように。

 僕は涙を流しながら病室を出た。

 外では花が一輪揺れていた。

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