25(最終話) あたたかな優しさ
私は少しさびしくなった。それを感じ取ったのか、キリンが私の肩に手を置く。
「どうした、嬢ちゃん。もしかして、さびしくなっちまったか?」
「はい……最初はどうなることかと思いましたけど、皆と離れるのはやっぱりさびしいです」
「そう言ってもらえると、うれしいものだな。でも、嬢ちゃんは別の世界の人間だ。ちゃんと元の世界に帰らないとな」
「わかっています……私ちょっと外に出てきますね」
私は急いで外に出た。そうしないと泣いてしまいそうだったから。
出口にいたセイリュウは走って出る私を目で追った。
「あのままだと、また泣いて皆を困らせちゃうもんね……」
私は日が暮れようとしている空を見上げる。本当に終わったんだ……
あふれ出しそうな涙をこらえている私のそばに誰か来る気配がした。
「ことね、何をしている。そんな所にいたら風邪をひくぞ」
「セイリュウ?」
やってきたのはセイリュウだった。急に外に出た私を心配して来てくれたのだろう。
「すみません、すぐに戻ります!」
私が振り返ると、セイリュウに抱きしめられた。
「せ、セイリュウ?! ど、どうしたんですか?」
「それはこちらのセリフだ。なぜ泣いている?」
気づいたら私は涙を流していた。私は慌てて涙をぬぐう。
「こ、これは違います!」
「隠さなくていい。ことねは優しいから皆と離れるのが辛いのだろう?」
そう言って私の頭をセイリュウは優しく撫でた。
「大丈夫だ、何も心配しなくていい。たとえ離れていても、俺たちはことねのことを見守っている」
「セイリュウ……」
私が顔を上げると、セイリュウと目が合った。セイリュウは優しく微笑む。
その顔を見て私はほっとする。
「でも、驚きました。いきなり抱きしめられたから」
「そ、それはことねがしていたことだろう。あの邪鬼の子どもにもしていたじゃないか! あれと同じだ!」
セイリュウはそう言ってそっぽを向いた。なぜか耳が赤い気がする。私は首を傾げた。
「わーっ! セイリュウがことねを抱きしめている!」
「こら、シャオ! 邪魔したら悪いぜ」
なんだか家の方が騒がしいと思ったら、皆がこっそり覗いていた。
シャオはパタパタと私とセイリュウに近づく。
「あれ? ことね、泣いているじゃないか! 一体どうしたんだい?」
「なんですって! セイリュウ、あんたことねちゃんに何をしたのよ!」
「俺は何もしていない……」
スザクが怒って出てきたので、セイリュウは少しおされていた。
「おやおやいいねー、若いってのは」
「そうだね。あぁいうのは見ていて飽きないよ」
家の中から猫又とゲンブは微笑ましそうに見ていた。
私は皆のそんなやり取りが面白くて、つい笑ってしまう。
「ふふっ」
「よかった、やっと笑顔になったな。ことねはその方がいいと俺は思うぞ」
「ありがとうございます!」
それから皆で笑いあった。その日の夜は、宴会のように皆遅くまで騒いだ。
次の日の朝、私は猫又の長屋を出た。
「じゃぁ、ことね元気でね。体には気を付けるんだよ」
「猫又さん、ありがとうございます。色々お世話になりました」
猫又が私の両手を優しく包んだ。
「こちらこそ、助けてくれてありがとう」
猫又はあふれ出しそうな涙をこらえながら私を見た。私もつられて泣きそうになる。
「ことねー! そろそろいくよ」
シャオに呼ばれて私はなんとか泣かないで済んだ。
「猫又さん、さようなら!」
「あぁ、向こうでも頑張るんだよ」
私は猫又に向かって大きく手を振った。猫又も手を振ってくれた。
「さぁ、行くわよことねちゃん」
「はい!」
スザクに抱えてもらい、私たちは空を飛んで私が最初に来た山に向かった。
山の上にある神社について、スザクは私を下ろした。
「ここに来るのも、だいぶ久しぶりな気がする」
「そうだな。あの時は本当にダメな奴かと思ったぜ」
「ビャッコ、それはひどいです!」
私たちは笑いあい、私は皆の方を向く。
「皆さん、色々お世話になりました」
私は頭を下げた。すると、シャオがパタパタ飛んでくる。
「ことねは、よく頑張ったよ。この世界を救ってくれてありがとう!」
「シャオ……」
ぎゅっと強く私はシャオを抱きしめた。
「苦しいよ、ことね」
「あぁ、ごめんね」
「ことねちゃん、向こうでも元気でね」
「ありがとうございます」
そして私は身に着けていた刀をセイリュウの所に持っていく。
「セイリュウ、この刀はお返しします」
「でも、これはことねがもらった物だろう」
「そうですけど、これは佐吉さんの形見ですし、私の世界では勝手に刀を持っていたら捕まっちゃうんです」
「そうか。では、俺が預かっておこう」
セイリュウはそう言って刀を受け取った。
「嬢ちゃん、またな」
「はい。キリンさんも、今度は私の世界に行ったりしないで下さいね」
キリンは苦笑いを浮かべて頭をかいた。
「じゃぁ、そろそろ行こうか」
「うん……」
私は皆に背を向けて神社の奥へと進む。
奥にはあの水晶玉があり、ほのかに光を放っていた。
「ことね、この水晶に手を置いて」
私は言われた通り手を置き、シャオの方を向いた。
「シャオ、元気でね」
「うん、ことねもね。バイバイ」
「バイバイ、シャオ……」
そして私は、強い光に包まれる。視界が真っ白になり、私は思わず目を閉じた。
★★★
どれくらい時がたっただろう。私は意識が戻り目を開ける。
「うぅ……ここは?」
周りを見たところ、あの神社の中だとわかった。
私はぼんやりしている頭を振って立ち上がり、荷物を持って外に出た。
外はもう暗くなっていて、とても静かだった。
「やばい、もう夜になっちゃった! 早く帰らないと!」
私は急いで神社を後にした。
家に帰れば、案の定お母さんにすごく怒られた。
「全く、今何時だと思っているの!」
時計を見れば、もう21時をまわっていた。さすがにこれはまずい。
「ご、ごめんなさい……」
「まぁ、なんともなくてよかったわ。早くご飯にしましょう」
「う、うん!」
さっきまで刀を振り回したり、戦っていたことは秘密にしておこう。私は着替えるために自分の部屋に向かった。
次の日はお休みだったので、あの神社に行ってみることにした。
「確かここら辺だったはず……」
私は記憶を頼りに進んでいると足が止まった。
「どういうこと、これ……」
辿り着いたそこには神社は無く、大きなビルが建っていた。
そのビルは新しいわけでもなく、まるで最初からそこにあるようだった。
「昨日は確かにここにあったはずなのに……」
私は呆然としていたが、頭を振ってまた歩き出す。
「神社は無くなったけど、私が経験したことは事実なんだ」
夢なんかじゃない、私は疑うことはなかった。
まだ、やりたいことははっきりしていないけど、あの世界でのことを無駄にはしない。
私は前を向いて、大きく1歩を踏み出した。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!