第二章 第二話
「そうだ、孝司、猫のこと、綾さんに相談してみたら?」
「そうよ、お祖母さん、狐なんでしょ。化猫にも詳しいんじゃない?」
「猫? 一昨日、孝司が拾った猫のこと?」
綾が言った。
「なんで知ってるんだ?」
「見てたからよ」
「跡尾けてたのかよ。ストーカーか?」
「お酒飲んでたみたいだったから心配だったのよ」
彼氏でもないのにわざわざ尾行したりしたのは俺が孫だからか?
彼氏の友達程度なら跡を尾けるほど心配したりするだろうか。
それとも彼氏の友達がまともなヤツかどうか気掛かりだったとか?
「そりゃどうも。それよりあの猫、ホントに俺が拾ったのか?」
「そうよ」
綾の答えに俺は肩を落とした。
やはり俺が拾ったのか……。
全然覚えがないのだが。
「あの猫って化猫だろ」
「最近、猫又になった子ね」
「人を喰ったりしないか?」
「さぁ? 本人に聞いてみたら?」
〝人〟じゃないだろ……。
「ホントのこと言うと思うか?」
「どうかしら」
俺は更に落胆した。
自分で思っている以上に綾に、あの猫は人を喰ったりしないと言って安心させて欲しかったらしい。
俺は綾が祖母ちゃんだと信じているんだろうか?
確かに祖母ちゃんの口癖を知ってたが……。
それだけでは祖母ちゃんの証拠にはならない。
俺達は店を出ると帰途に就いた。
家に帰るとミケが俺の部屋にいた。
本棚の上から俺を見下ろしている。
「おい、お前、小早川の猫なのか?」
『あやを知ってるの!?』
「小早川の名前も〝あや〟って言うのか」
『そうよ』
〝あや〟が多いな。
まぁ割とありふれた名前だからな……。
「小早川の家に帰りたくないか?」
『嫌。あやのいない家に帰りたくない』
小早川の家に帰りたいと答えたら、小早川の親がなんと言おうとミケを突き返すつもりだったのだが……。
流石に飼い主は喰わないだろうし。
しかし、可愛がってくれたのは小早川だけじゃないはずだが……薄情なヤツだな。
もっとも、飼っていた猫がいなくなったのに探そうともしないばかりか、いなくなって良かったなんて言ってる小早川の親もかなり無責任だと思うが。
夕食が終わり、居間でTVを見ていた。
ふと気付くと――。
ミケが姉ちゃんの腕を囓ってる!
「姉ちゃん、腕、喰われてるじゃないか! 放せ! この化猫!」
俺が腕を振り上げると、姉ちゃんのげんこつが飛んできた。
「痛っ!」
俺は殴られた頭を押さえた。
姉ちゃんを助けようとしたのに……。
ひどいじゃないか……。
「ジャレてるだけじゃない。なに大袈裟に騒いでんのよ」
「でも……」
「猫ってジャレて興奮すると噛み付くことがあるのよ。知らないの?」
とてもそれだけとは思えない。
俺には姉ちゃんを味見しているようにしか見えないのだが、これ以上言っても無駄だろう。
姉ちゃんが喰われないことを祈るしかない。
四月九日 木曜日
朝、学校へ着くと、伊藤がこちらに、ちらちら視線を向けているのに気付いた。
話し掛けたいのに話し掛けられないという感じだ。
俺は敢えて放っておいた。
ホントに大事な用なら言ってくるだろう。
伊藤とはクラスメイトというだけで特に親しいわけではないのだ。
トイレへ行って教室へ帰ろうとしている時、
「おい」
男の声に呼び止められた。
振り返ると男子生徒が立っている。
襟章の色は俺と同じ黄色。
俺と同じく二年生と言うことだ。
「オレはD組の高樹望だ」
雪桜と同じクラスか。
高樹は俺より背が高く、体格が良い。
そして、なんとなく不良っぽい顔付きをしている。
「俺は……」
「知ってる。B組の大森だろ」
「何か用か?」
「ここじゃ、ちょっと……随いてきてくれ」
高樹はそう言うと歩き出した。
まさか、行った先にこいつの仲間がいて袋叩きにされる、なんて事はないだろうな。
俺は誰かに恨まれるようなことをしただろうか。
お礼参りをされるようなことをした覚えはないが……。
高樹は人気のないところ――ホントに誰もいなかった――屋上へと俺を誘った。
綾によれば俺は普通の人間よりは頑丈らしいが殴られたり蹴られたりしたら痛いのは同じである。
仲間が来る様子はないが高樹は一人でも十分強そうだ。
殴り掛かられたりしないといいのだが……。
「昨日、帰りに一緒にいた女はお前のなんだ?」
屋上で二人きりになると俺の向かいに立った高城が質問してきた。
「女って?」
一緒にいたのは雪桜と綾だ。
女だけではどちらのことか分からない。
「ビルから飛び降りただろ。どういう関係なんだ?」
「見えたのか!?」
俺は驚いて問い返した。
「当たり前だろ」
「当たり前じゃない。秀や雪桜は飛び降りるところは見えなかったって言ってた」
「そうなのか……あの女は狐だろ」
「なんで知ってんだよ!?」
俺だって狐と言うところまでは確認してない。
「狐があの女の化けるのを見た」
やっぱ、あの姿は化けてるのか……。
それなら祖母ちゃんと見た目が違う事の説明が付く。
「こんな都会に狐がいて、よく騒ぎにならないな」
新宿駅の狸はニュースになったし、猿の時は出没地の近くでは緊急放送があったと聞いている。
野生の猿というのは意外と凶暴で危険らしい。
流石に新宿には野生の猿はいないから聞いた話だが。
「狐の時は人に見えないようだ」
「もしかして、お前も化生が見えるのか?」
「お前もか?」
「ああ」
見えざるものが見えるという理由で仲間外れにされていたことを考えると迂闊に人に教えてはいけないような気がするのだが――今日初めて会った相手だし――秀と俺以外にも化生が見える人間がいたのが嬉しくて、つい頷いてしまった。
「それで、あの女のとの関係は?」
「秀の彼女だ。あと、俺の祖母ちゃんだって言ってる」
「お前、狐の孫なのか!?」
高樹が目を剥いた。
化生の孫だなんて言ったら普通は驚くだろう。
これが正常な反応だ。
傷付くが普通だ。
秀や雪桜のように平然としているのは例外なのだ。
お陰で傷付かずにすんだが。
ホントにいい友達だ、秀と雪桜は。
俺は友人に恵まれた。
「向こうはそう言っている」
俺はそう答えた。
「坊主姿の連中のことは知ってるか? 時々化生をいじめてるのを見掛けるが」
「妖奇征討軍だと名乗ってるらしい」
「はぁ?」
高樹は眉を顰めた。
『なんだそれは』という表情を浮かべている。
これも至って正常な反応だ。
袈裟を着た自称退治屋とか拗れさせすぎてるよな……。
お坊さんでもないとしたら、お坊さんみたいな格好で歩き回るとか痛々しすぎるし……。
二人組らしいのに『妖奇征討#軍__・__#』とか言う名前も厨二クサい。
「家はどこだ? 良かったら今日一緒に帰らないか?」
俺は高樹を誘った。
「構わないぜ。方向は一緒だ」
確かに、綾が飛び降りたのを見たと言うことは十二社通りが通学路だと言うことだし、それなら住んでるのは西新宿か北新宿辺りと言うことだ。