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第七章 第五話

五月八日 金曜日


 放課後、俺達はいつものように中央公園に向かった。

 尾裂もいなくなり、高樹は高樹で報告された数が多すぎて退治に行かなければならないかどうかを絞り込めないというので、とりあえず今日は今まで通りに下校する事になった。


 中央公園で祖母ちゃんと落ち合う。

 公園には妖奇征討軍がいて()き火をしていた。

 季節外れな連中だ。


 てか、公園内での焚き火は禁止じゃなかったか?

 それに尾裂がいなくなったのになんで未だに坊さんみたいな格好してんだ?


 そう思った時、通りの向こうに知っている顔が見えた。


「小早川!」

 俺は道の向こうを見て声を上げた。

 小早川が時折現れたり消えたりしながらこちらに近付いてくる。


 小早川の跡をミケが走って追い掛けていた。

 その跡を拓真が息を切らせて追っている。


 俺達の後ろには妖奇征討軍がいた。

 妖奇征討軍の二人は焚き火のようなものの後ろで呪文を唱えている。

 小早川の姿が焚き火の上に現れる。


『あや! あや!』

 ミケは真っ直ぐこっちの方――俺達の背後の焚き火を目指して駆けてくる。


 あいつら、ミケを退治する気だ!


「ミケ! 罠だ! 来るな!」

 しかし、ミケは俺の制止を無視して炎に向かってくる。


 このままではミケが焼き殺されてしまう!


 俺はミケを止めようと飛び付こうとしたが、すんでの所で捕まらなかった。

 ミケは焚き火に向かって駆けていく。


「ミケ! 止まれ!」

 俺が叫んでもミケは立ち止まらない。

 脇目も振らずに焚き火を目指して走っていく。

「ミケ!」

 そのとき突然、木の陰から黒い物が飛び出してくるとミケにぶつかった。

 後ろに弾かれたミケの足が止まる。

 黒い物は狸だった。


 あの狸だ!

 妖奇征討軍がいるのになんで出てきたんだ!?


 狸はミケが前に進めないように邪魔をしている。


『邪魔よ!』

 ミケの爪が狸を切り裂く。

 狸が悲鳴を上げて転がった。

「ミケ! 何すんだ!」

 俺は慌てて狸に駆け寄って抱き上げた。

 ここに放っておいたら妖奇征討軍に殺されてしまう。


 だが、ミケも……。


 ミケが焚き火に向かっていく。


「ミケ! 止まれ! それは本物の小早川じゃない!」

 俺の制止も聞かずミケは焚き火に一直線に駆けていく。

 人間の足では猫の全力疾走には追い付けない。


 もう間に合わない!

 これまでか……!

 俺はまた助けられないのか……。


 自分の無力さに唇を噛んだ時、

「ショコラ」

 優しい声が聞こえた。


 その瞬間、ミケの足が止まった。

 ミケが辺りを見回す。


『あや! どこ! あや!』

「こっちよ」

 偽の小早川が呼び掛ける。

 しかし、もうミケは騙されなかった。

 本物の小早川がミケの本当の名前を呼んだのだから。


『あや! あや! 出てきて! あや!』

 ミケが大声で鳴きながら小早川を探し回る。


 小早川が悲しげな顔でミケを見ていた。

 ミケには小早川が見えないのだ。


『あや! ねぇ、あや!』

 必死で小早川を呼び続けながら辺りを探し回っている。

『あや! あや! どこ!? どこにいるの!? 出てきて、あや!』

 ミケが何度も小早川の前を通り過ぎる。

 小早川にはミケを目で追う事しか出来ないようだ。

『あや! あや! あや!!』


「可哀想……」

 雪桜が目を伏せて呟いた。

 ミケの言葉が分からない雪桜にも、その響きは悲しく聞こえたのだ。


 そうだ、この声だ……。


 あの晩、まるで泣いているかのようなこの鳴き声に、放っておけなくて連れてきてしまったのだ。

 ミケは声の限り、ひたすら小早川を呼び続けている。


 あの晩も、ミケは泣きながら小早川の名前を呼んでいた。

 誰かが水を掛けたのか、ミケはずぶ濡れだった。

 それでもミケは小早川の名前を呼び続けていた。


『あや! あや!』

 辺りにミケの叫び声が木霊(こだま)する。

 ミケは声が()れても鳴きながら小早川の姿を探して歩き回っている。

 見ているだけで胸が痛い。


『あや! あや! あや!』

 もう声になっていない。

 それでもミケは小早川を呼び続けていた。


 ミケには小早川が見えない。

 だから小早川も何も出来ないまま鳴き続けているミケを見ている事しか出来ない。

 (つら)そうな顔で、ただミケを見詰(みつ)める事しか出来ないのだ。


 小早川は泣きそうな表情で走り回るミケを見ながら立ち尽くしている。


 目の前にいるのに助けたくても助けられない(つら)さは俺には良く分かった。

 俺も何度も同じ思いをした。

 何も出来ないのが悔しかった。

 小早川にとって、ミケは心配のあまりこの世に留まってしまったほど大切な相手なのだから尚更何も出来ない事に胸が張り裂けるような思いをしているだろう。


 今ここで他の誰よりも悲しんでいるのは小早川だ。


「いい加減にしろ!」

 俺は思わず怒鳴っていた。

 ミケが振り返る。

「お前がそんなだから! 小早川はお前が心配で成仏できないんじゃないか! これ以上、小早川に心配掛けるな!」


 俺の言葉にミケはうなだれると、

『成仏なんかしなくていい。側にいて欲しい。あやに会いたい……』

 と、悲しげに呟いた。


「騙されないぞ!」

「その猫は退治する!」

 空気の読めない妖奇征討軍がミケに飛び掛かろうとした。


「させるか!」

 俺は妖奇征討軍の一人に組み付いた。

 高樹ももう一人に掴み掛かる。

「拓真! ミケを連れて逃げろ!」

 俺の言葉に拓真は即座にミケを抱え上げると、うちの方へと走り出した。


「行かせるか!」

 高樹はさすがに半分化生なだけあって妖奇征討軍の片方を押さえ込んでいるが、俺は振り払われてしまった。

 秀が代わって妖奇征討軍に飛び掛かる。

「待て!」

 秀は(なん)とかしがみ付いているがすぐに振り払われてしまうだろう。


 俺はスマホを取り出すと、妖奇征討軍の姉、小林麗花の連絡先を出した。

 それを雪桜に手渡す。


「妖奇征討軍に襲われてるから急いで助けに来てほしいって伝えてくれ。それと公園の管理事務所に焚き火してるヤツがいるって通報してくれ」

 そう言うと俺は再び妖奇征討軍に向かっていった。

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