第六章 第六話
学校が終わって中央公園に行くと祖母ちゃんと一緒に白狐がいた。
俺達が話をすると、白狐が、
「それは大ナマズだな」
と言った。
「ナマズ!? 地震を起こすって言うあれか!?」
「いや、地震を起こせるほどの大物ではない」
大物なら起こせるって事なのか?
「ナマズが地震を起こすってホントだったんだ……」
「ナマズが起こすというか、ナマズにも可能だという方が正しいな」
ナマズにもって、ナマズ以外にも起こせるヤツがいるのか……。
「この前と同じ辺りか?」
「多分ね」
祖母ちゃんがどうでも良さそうに答える。
「どうする? 高樹も水には潜れないだろ」
弓で射るにしても必ずしも川沿いに道が続いているわけではない。
道や橋から離れすぎていたら矢が届かない。
高樹は(今のところ)弓は使えないから上空から狙い撃つというわけにはいかない。
「海伯が帰っちゃったのは痛いな」
「頼んでみる?」
「出来るのか?」
俺が訊ねると祖母ちゃんはスマホを取り出した。
祖母ちゃん、スマホ持ってたのか……。
「とりあえず海伯の知り合いに言伝送っておいたわ。陸から離れたところにいたらすぐには届かないかもしれないけど」
「海伯以外に河童の知り合いはいないのか?」
「いないわけじゃないけど……」
「なら……」
「人間に協力的な化生ばかりじゃないから」
そうか……。
そう言や河童は人を喰うって言ってたな……。
となると後は連絡が取れるのを待つしかない。
ナマズに関しては今はこれ以上出来ることはないので、俺達は一旦ナマズの事は忘れてゴールデンウィークの予定を話し合った。
「秀ちゃん、お祖母さんとデートしないの?」
「デートするにしてもゴールデンウィークはちょっとね」
祖母ちゃんが言った。
確かにどこに行くにしろ日帰り出来る場所なら遠方から人が来るゴールデンウィークより連休ではない土日の方が空いている。
あえて混雑しているゴールデンウィークに行く理由がないのだ。
かといって秀はまだ未成年だから彼女と泊まり掛けの旅行は親が許してくれないだろう。
その時、祖母ちゃんのスマホが振動した。
祖母ちゃんがスマホ画面をタップした。
「ちっす」
スマホ画面の向こうで海伯が言った。
「今は遠く離れてても話せるなんてな~。便利な世になったな~」
SNSを通じた通話である。
「海伯、ネットが使えるようになったのか?」
「これは狢の〝すまほ〟とやらだ」
狢がスマホ……。
そういえばSNSで山田が海伯を探していると教えたのが狢だったな……。
「海伯は持ってないのか?」
「防水でも海の水に浸けたらダメみたいでなぁ」
そう言や海伯は#海の__・__#河童だった……。
「で、何の用だ?」
海伯の問いに俺達が事情を話した。
「そうか~、じゃあ、明日にでもそっち行くよ」
「え!? そんなにすぐに!?」
「いや~、実は急ぎの用でそっちに行かないといけないんでな~。ついでだから」
「そ、そうか。助かるよ」
「ウェ~イ」
そう言って通話は切れた。
とりあえずナマズの事は海伯が来てからと言う事で話は決まった。
ふと顔を上げると祖母ちゃんが深刻そうな表情を浮かべていた。
「祖母ちゃん? どうかしたのか?」
「別に……あんた達とは関係ない事よ」
祖母ちゃんはそう言ってスマホを仕舞った。
五月一日 金曜日
放課後、中央公園には祖母ちゃんと白狐、海伯の他にもう一人新顔がいた。
「えっと……」
俺が訊ねるように祖母ちゃんを見ると、
「古い猫又よ」
と紹介した。
もうちょっと他に言い様はないのか……。
「あんたに会いたいって言うから」
と祖母ちゃんが言った。
「俺に?」
「この前猫又になった猫を拾ってくれただろう。最期に礼を言いたくてな」
「あ、別に礼を言われるような事じゃ……ていうか、最期って……」
「儂はもう天命が尽きる」
「え……」
「儂は近々ネズミに殺される」
「えっ!?」
猫がネズミに!?
「猫より強いネズミもおるのだ」
どんなネズミだよ……。
「分かってるなら逃げるとか仲間を集めて戦うとか……」
「ダメなのだ」
海伯が苦い表情を浮かべる。
「天命だけは変えられぬのだよ。避けても逃げても命は尽きる」
猫又が言った。
罠にしろ攻撃にしろ、死因が分かっていても回避出来ないのだという。
「さて、これで思い残す事はない。ミケを頼んだ」
猫又はそう言うと踵を返して去っていった。
「……もしかして、海伯の用事って……」
「うむ、あやつとは古い付き合いだったのでな。別れを言いにな」
「化生にも寿命があるのか」
高樹が呟くように言った。
その言葉にハッとした俺は祖母ちゃんの方を振り返った。
「祖母ちゃん……」
「心配しなくても、あんたの知り合いの化生は全員あんた達より後よ」
「あやつは白狐よりも年だからな」
「白狐って確か千年越えてた気が……」
「千年って……猫って仏教伝来の時に渡ってきたんじゃなかった?」
「仏教伝来は千五百年くらい前でしょ」
雪桜の疑問に秀が答えた。
さすが二人とも成績が良いだけあるな。