第五章 第四話
俺達は合流するといつものファーストフード店に入った。
「それで?」
全員が席に着くと山田が苛立ったように訊ねた。
「え?」
俺は一瞬なんのことか分からず聞き返した。
「だから、その黒いものは何?」
山田が繊月丸を指す。
「化生だ」
俺が答えた。
「〝けしょう〟って?」
「いわゆる妖怪だよ」
「嘘よ」
「じゃあ、なんだと思ってんだ?」
「幽霊とか」
「幽霊は信じられて妖怪は信じられないのか?」
「だって……」
「東雲や鬼が見えたのはお前にも化生の血が流れてるからだ」
俺はそう言うと祖母ちゃんの方を向いた。
「祖母ちゃん、教えてやってくれ」
「祖母ちゃん?」
十代の女の子をババア呼ばわりしたと思ったのだろう、山田が俺を睨み付けた。
「あんたは河童の子孫よ」
祖母ちゃんが山田に答える。
「あたしは妖怪なんかじゃないわ!」
山田が椅子を蹴って立ち上がった。
周囲の視線が山田に集まる。
山田は気不味そうに椅子に座り直した。
「妖怪とは言ってない。化生の血を引いてる人間だ」
「冗談じゃないわ! 人を化物呼ばわりしないでよ!」
山田の言葉に高樹が不愉快そうな表情を浮かべた。
秀や雪桜も眉を顰める。
「信じたくなければ信じなくていい。用が済んだならさっさと消えてくれ」
東雲や学校の鬼が黒い影にしか見えてない時点で高樹や俺どころか秀よりも更に血が薄いということだ。
それだけ薄まっていても血を引いているというだけで化物呼ばわりだというなら、高樹や俺は言うまでもなく、生粋の化生である祖母ちゃんや海伯は完全な化物である。
俺達や俺の家族や友人――繊月丸や頼母、海伯達――を化物呼ばわりするような人間なんかこっちからお断りだ。
山田は憤然とした表情で店から出ていった。
邪魔者が消えたので馬と神隠しの話に入ろうと思った時、海伯が浮かない顔をしているのに気付いた。
「あ、そういや、山田と友達なんだよな? けど海伯が化生だって事には気付いてないみたいだから……」
俺が慌てて取り成すように言おうとすると、
「オレが捜しに来たのはあの子なんだ」
海伯が言いにくそうに打ち明けた。
「え……」
「言い忘れてて済まなかった。会えた事で舞い上がっていてな」
「でも、気付いてないなら……」
「そうなんだが……万が一バレた時は……」
「人間と化生は上手くいかぬものと相場が決まっているからな」
隣の席の青年が言った。
「あんた誰?」
「大森のウナギがなんでこんなとこにいんの?」
海伯と祖母ちゃんが同時に言った。
家にウナギなんかいたか?
と思ってから、大森が地名だと気付いた。
昔――と言っても戦後なのだが――、大森区と蒲田区が合併して大田区という名前になったと聞いているから、おそらく大田区を流れる川に住んでいるウナギなのだろう。
ていうか、今でも大田区の川にウナギがいるのか?
「なに、ちょっと所用でな」
ウナギはそう言うと店を出ていった。
「あの……ウナギって言うのは……」
雪桜が困惑したように祖母ちゃんに訊ねた。
「だからウナギよ、魚の。人間と結婚してた事があるの。話が沢山残ってるのが狐や狸ってだけで他の生き物も人間に化けようと思えば化けられるから……あの様子じゃ振られたのね」
「人間が好きなヤツは何度でも人間と付き合うんだよな~」
海伯はそう言いながら祖母ちゃんを横目で見た。
「あんただって、あの子捜しに来たでしょうが」
祖母ちゃんがむっとした様子で言い返した。
「そうだが……ウナギの言う通りだ。河童の子孫と言ってもやはり人間だ。会う事は出来たし東京とやらも十分堪能したから海へ帰るよ」
「え!?」
「楽しかったよ。達者でな……ウェ~イ」
海伯はそう言うと店を出ていった。
俺達は黙って海伯を見送った。
「で、馬はまだ出てるのか?」
俺は気を取り直すと祖母ちゃんに訊ねた。
祖母ちゃんは化生の事については聞かない限り教えてくれないから知りたければ質問する必要がある。
「そう言えば夕辺は静かだったわね」
「即断は出来ないが一応当分は様子見で大丈夫そうって事か」
「なら神隠しだね」
「あの公園の事?」
やっぱり祖母ちゃんは知ってたようだ。
知ってるなら教えてくれよ……。
「どうする? また秀の家に泊まってることにするか? それとも夜中にこっそり抜け出すか?」
「明るい間は化生退治は無理だろ。人目がある」
確かに撮影の振りをするにしても武器を振り回していたら通報されてしまう可能性がある。
「夜中に抜け出そう」
高樹の言葉に秀と俺は同意した。
「私はまた除け者?」
「見えないんじゃしょうがないだろ」
見えたとしても雪桜を危険な戦いに参加させる気はないが。
「そうだけど……私にも手伝えることがあればいいのに」
雪桜が残念そうに答える。
家で大人しくしていてもらうためにも何か雪桜の役目を考えた方がいいかもしれないな……。
俺達は待ち合わせの場所と時間を決めた。
公園は暗かった。
人気はない。
左右を見回していると背後から唸り声がした。
振り返ると四つ足の化生がいた。
「繊月丸!」
高樹の声に繊月丸が日本刀の姿になる。
高樹は繊月丸を手に取った。
俺がアーチェリーに破魔矢をつがえる。
化生は四つ足だけあって素早かった。
高樹は駈けてくる化生の正面に立って刀を振りかぶった。
が、振り下ろす前に化生が高樹の腹に頭からぶつかっていった。
高樹が跳ね飛ばされる。
数メートル吹っ飛んでから地面に転がった。
高樹の手から繊月丸が離れた。
「高樹!」