第三章 第六話
「祖母ちゃんは腕を見張っててくれ」
俺はそう言うと弓に矢をつがえた。
秀がスマホを構える。
日本刀は化生だから普通の人には見えないかもしれないが、アーチェリーは間違いなく見えてしまう。
撮影の振りをしていなければ通報されるだろう。
祖母ちゃんは秀の横に立っている。
「高樹! 何とか足を止めてくれ!」
「おう!」
高樹が鬼に斬り掛かっていく。
鬼は片腕で刀を振り払った。
鬼の足が止まった瞬間、俺が矢を放つ。
矢は鬼の右肩を掠めて飛んでいった。
高樹が鬼に斬り込んでいく。
鬼が後ろに飛び退いた。
俺は再び矢をつがえた。
鬼の足が止まるのを待つ。
高樹が繊月丸を振り下ろす。
繊月丸を避けた鬼の足が一瞬止まる。
俺は矢を放った。
矢が鬼の足に刺さる。
しかし全くダメージを与えられてないようだ。
鬼が俺の方に向かってきた。
俺はとっさに反応出来なかった。
鬼が腕を振りかぶる。
やられる!
そう思った時、誰かが目の前に立ち塞がった。
後ろ姿だけだが男性のようだ。
その男性の向こうで銀光が閃く。
鬼が後ろに跳び退いた。
「大事ないか!」
男性は俺に背を向けたまま言った。
「は、はい!」
俺がそう答えると、男性は鬼に向かっていった。
着物に袴姿。腰に鞘を二本差している。
時代劇に出てくる武士みたいな姿だ。
流石にちょんまげは結ってないが。
武士が鬼に駆け寄り刀を振り下ろした。
それを避けた鬼が腕を振る。
鬼の振り下ろした腕を武士が体を開いて躱す。
身体の向きが変わって武士の顔が見えた。
右目に黒い眼帯……!
まさか……柳生十兵衛の幽霊!?
新宿に柳生十兵衛縁の地なんてあったか?
諸国漫遊の話が残ってるから新宿にも来た――というか、どこかへ行く時に宿場町である新宿を通り掛かったとか?
通り掛かっただけの場所に幽霊が出るものなのか? とも思うが。
幽霊になっても諸国漫遊しているとか?
武士の刀を避けた鬼が神社の社殿の左側に激突した。
戸板が壊れて中に置かれている販売用のお守りなどが覗く。
そこに破魔矢が入れられた矢筒があった。
もしかしてあれなら……。
俺は鬼が高樹の方に向かっていくのを待ってそこへ駆け寄った。
破魔矢は一本千円と書いてある。
俺は財布から千円札を出して、破魔矢を立ててある筒の下に置くと一本取り出した。
破魔矢に付いている飾りを取り払う。
俺は破魔矢を弓につがえた。
高樹が刀を振り回し、鬼は後ろに下がりながら避けている。
武士も刀を構えて鬼を攻撃する隙を窺っている。
鬼が真っ直ぐこちらに後ずさってくる。
高樹に当たるなよ……。
俺は破魔矢を放った。
矢が鬼の右肩に当たる。
右肩が大きく抉れた。
よし!
これは効くようだ。
鬼がこちらを振り向く。
その隙に高樹と武士が鬼に斬り掛かる。
鬼は咆哮を上げると高樹と武士に注意を戻した。
俺は更に二千円出して筒の下に置き、破魔矢を二本取る。
破魔矢の飾りを取ると矢をつがえた。
今度は鬼の足を狙う。
肩と違い足はよく動く上に肩より幅が狭いから中々狙いが付けられない。
俺が足を狙っているのに気付いた武士が刀を鞘に収めると、鬼が振り下ろした腕を掴んで自分の脇で押さえ込む。
鬼の足が止まった瞬間、矢を放った。
矢が当たった鬼の腰の一部と右足の付け根が消える。
足一本では体を支えきれず鬼がその場に倒れた。
「止めを!」
武士の言葉に高樹が鬼に駆け寄ると刀を鬼の左胸に突き立てる。
鬼が咆哮を上げて塵になった。
同時に腕も消える。
「消えたわね」
祖母ちゃんがそう言うと、俺はほっとして弓を下ろした。
「遅かったじゃない」
祖母ちゃんが武士を咎めた。
「え、綾さんの知り合い?」
秀が驚いたように訊ねた。
ということはやはり柳生十兵……。
「こいつは小石川に住んでる大蝮よ」
「えっ……!?」
俺達が同時に声を上げる。
予想外の答えに俺達は言葉を失った。
まさかのマムシ!?
シマヘビやアオダイショウ、それにヤマカガシは新宿区内に今でもいると聞いているがマムシもいたのか……。
いや、小石川は文京区か……。
小石川というと植物園か後楽園の辺りか?
「今はなんて名乗ってるの? 井上頼母?」
「冗談は休み休み言え。儂の片目を奪った家の当主の名など名乗らぬ」
「じゃあ、なんて言うの?」
「名などない」
「だそうだから大マムシよ」
えぇ……。
祖母ちゃんにしろ繊月丸にしろ、高樹の父親にしろ、皆名前があるから化生にもあるのが普通だと思っていたのだが……。
「大マムシさんって呼ばないとダメですか?」
秀が訊ねた。
人――〝人〟ではないが――を人前でマムシと呼ぶのはどうなのだろうか。
世の中にはマムシという名字の人もいるかもしれないから良いのかもしれないが。
〝大マムシ〟と〝大〟が付けば問題ないのか?
「人とは関わらぬ故」
「関わってるでしょ。天井裏這ってる音がうるさいって、近所の人達がしょっちゅう太鼓叩いてたじゃない」
「た、太鼓?」
秀が戸惑い気味に言った。
「太鼓を叩くと井上家に帰るから、うるさい時はその家の人が太鼓叩いてたのよ」
「……うるさかっただけなのか?」
高樹が訊ねた。
「相当うるさかったみたいね。井上家の当主がブチ切れて弓で打ったから片目なのよ」
江戸時代から生きてる隻眼の大蝮という設定盛々の蛇から受けた被害が騒音……。
最近猫又になったばかりで人を殺したり化けたりしてるミケ以下……。
そもそも太鼓の方がよほどうるさくないか?