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第三章 第一話

四月十一日 土曜日


 朝食の後、母さんが、

「孝司、古新聞縛ってちょうだい」

 と言った。

「分かった」


 こういう時は素直に従うに限る。

 下手に逆らって言い争ってもどうせ負けるのだ。

 仮に勝ってもおかずの量を減らされたり、部屋を掃除されたりという仕返しをされるから割に合わない。

 それくらいならさっさと済ませてしまった方がいい。

 俺は積み上げてある古新聞をまとめ始めた。


 新聞紙を重ねていると数日前の新聞が出てきた。

 その一面を見た瞬間、驚いて新聞を取り落とした。


 大型動物に()み殺された人の記事だったのだが、そこに載っている写真に写っていたのはミケが化けていた男だったのだ。


 俺は新聞を掴むと、階段を駆け上がって自分の部屋に飛び込んだ。


「ミケ!」

『何よ』

「これ! お前が化けてた男じゃないか!」

 俺はミケに新聞を突き付けた。

『だから?』

「お前が殺したのか?」

『そうよ』

 ミケが平然と答える。


「お前は人を殺して回ってるのか!」

『違うわよ。そいつがあやを殺したからよ』

「あやって小早川のことか?」

『そうよ』

「小早川は交通事故で死んだんだろ」

『そいつがわざと車で()いたのよ』


 ミケはあやが出掛けている時は帰りが待ち遠しくていつも家の前で待っていた。

 一刻も早くあやに会いたかったからだ。

 あやがいつものように角を曲がって出てきたのを見て、待ち兼ねていたミケが駆け寄っていた時、それまで止まっていた車が突然猛スピードで走り出してあやを()ね、そのまま走り去った。


 ()ね飛ばされたあやは塀に叩き付けられた後、道路に倒れて動かなくなった。


 ミケが見ている間に車に乗り込んだ者はいなかった。

 つまり車に乗っていた者は、あやの姿を見てからエンジンを掛けて車を出したのだ。


 ミケはあやに駆け寄り、傷を治そうと必死で血が出ているところを()めた。

 けれどミケがどれだけ傷を舐めてもあやは目を覚まさなかった。


 大きな車に乗せられたあやに()いて行こうとしたが乗せてもらえなかったので家の前で帰ってくるのを待っていた。

 何日も何日もあやの帰りをひたすら待ち続けていた。


 そしてある日、あやの親が小さな箱を持って帰ってきた。

 それがあやだという事が何故だか分かった。

 人間が入れる大きさではない。

 だが、そこに入っているのはあやだ。


 あやは死んだのだ。

 いくら待ってもあやには二度と会えない。

 ようやくそれを理解した。


 あの車が()ねたせいだ。

 最初からあやを殺すつもりだったのだ。


 あやの入っている小さな箱を見ていたくなくて外を彷徨(さまよ)い歩いている時、あやの血の臭いが付いた車を見付けた。

 傷一つ付いていなかったから人間はあやを()いた車だという事に気付かなかったようだがミケには分かった。


 車に乗せられて運ばれていくまで傷を治そうと必死で舐めていた血と同じ臭いだったから間違いない。

 あやに駆け寄る時、車とすれ違ったからミケは運転手の顔を見ていた。

 ミケが車の前で待っていると運転していた男がやってきた。


『あいつはわざとあやを()いた。あやにはもう二度と会えない。声も聞けない。あいつのせいで……それで気が付いたら噛み殺してた』

 俺は新聞を隅から隅まで読んだ。

 関連記事にも目を通す。

 この男が小早川を殺したとはどこにも書いてない。

 だが小早川の死は()き逃げで、犯人は捕まってないから書いてないのは当然だ。


「それじゃあ、俺達を喰い殺したりはしないんだな」

『私は人間なんか食べないし、あんた達はあやの死とは関係ないでしょ』

「ああ」

 そう言えば誰も喰われたとは言ってなかったし、記事にも噛み殺されたと書いてある。

 小早川の(かたき)()つために殺しただけで喰ってはいない。

 つまり人間を餌にしているわけではないのだ。

『なら何もしないわよ』

「それならいいが……」


 いや、良くはないのだが。


「もう人を噛み殺したりするなよ」

 俺の言葉にミケは何も答えなかった。

 まぁ、いい。

 小早川を殺した犯人はもう死んだんだし、これ以上はやらないだろう。


 そう思いたい。

 そう思うことにしよう。

 俺や俺の家族は小早川とは縁もゆかりもないからミケに恨まれる筋合いはない。

 だからきっと大丈夫だろう。

 ……多分。

 きっと……。

 少なくとも喰われる心配はしなくていいだろう。


 怒らせたら噛み殺されるかもしれないが……。


 俺は階下に降りると新聞をまとめて縛った。


 九時少し前に家を出て待ち合わせ場所に行く途中で秀、高樹と合流した。


「あ、こーちゃん、秀ちゃん、高樹君」

 不意に角から雪桜が出てきた。

「雪桜、どうしたんだ?」

「買い物だよ」

 雪桜がスーパーの方を指した。

 綾との待ち合わせ場所と同じ方向だ。

 俺達は綾のいる場所に向かって一緒に歩き出した。


 曲がり角に近付くと歌が聴こえてきた。


「一個目のドングリ、木から落ちてきてコンとなってころん。

 子リスやってきて持ってった。

 二個目のドングリ、木から落ちてきてコンとなってころん。

 リスもやってきて持ってった。

 三個目のドングリ、木から落ちてきてコンとなってころん。

 小鳥やってきて持ってった。

 四個目のドングリ、どこ行った。

 五個目のドングリ逃げてった……」


 俺達が角を曲がるとそこには綾がいた。

 歌っていたのは綾だ。


「その数え歌……」

 雪桜が目を見開く。

「それ、祖母ちゃんの歌だ……」

 祖母ちゃんが作ったから基本的にはうちの家族しか知らない。

 秀と雪桜は知ってるが。

「あ、これもあったんだ。綾さんが孝司のおばあさんだって信じる理由」


 だから、そう言うことはもっと早く言え!


「あんた、ホントに俺の祖母ちゃんなのか?」

「そうよ」

 綾が肯定した。

「祖母ちゃん……」

 俺は思わず呟いていた。


「お前、ホントに狐の孫だったのか」

 高樹は少し安心したように言った。

 化生の子孫だったのが自分だけではなかったからだろう。

 もう認めるしかない。


 綾は本当に祖母ちゃんなのだ……。


「そう言えば祖母ちゃんは今どこに住んでんだ?」

「この近くの神社」

(ばち)が当たるんじゃないのか?」

「今のところ平気みたいよ」

 祖母ちゃんは涼しい顔で言った。


 まぁ、(ばち)が当たるとしたら祖母ちゃんだし……。


 スーパーの近くで雪桜と別れ、俺達は神社に向かった。

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