8、大儲け。
「いや、ちょっと聞きたい事があって、来てもらったんだが、悪かったな」
「いえ、別に、大丈夫です」
「まぁ、立ち話もなんだから、ちょっと座ろうか」
「はい、そうですね」
ギルド長に勧められて俺とリリは、ギルド長とテーブルを挟んでソファーに座る。
ソファーと言ってもバネの有る柔らかい椅子ではなく、硬い木に布を何枚も重ねた作りの椅子のことだ。
「聞きたい事とは、君がギルドに運び込んだ魔物の事だ」
ヤバっ! もしかして、魔物を台の上にめちゃめちゃ積み上げた事を怒っているのか。でも、あれぐらいでギルド長室に呼ばれるなんて、ちょっと厳し過ぎるだろ?
いや、台が倒壊して怪我人でも出たら大惨事になっていたし、一歩間違えれば死人が出てもおかしくない。
あっ、呼ばれても仕方ない気もする。
あぁー、本の悪戯のつもりだったのに、後悔先に立たずとはこのことか……
俺は、先程の魔物買い取り所の台の上に、魔物を積み上げたことを思い出し、ヒヤヒヤしていた。
「魔物が、どうかしましたか」
「あの魔物、一つも傷が付いてないが、一体なぜだ?」
「そっちか!」
「ん? そっちとは?」
台の上に積み上げた話ではなく安心したが、怒られないと知ってホッとすると同時に、あの男が俺を見つめていた理由が分かった。
俺は色々考えたが、ギルド長に全て話すことにする。
話すことによって何が起こるか分からないが、全てが秘密で通じるほど世の中甘くなく、もしかしたらギルド長が味方になってくれるかもしれない。
勿論、テレポートでいつでも逃げられるように、準備だけはしておく。
アイテムボックスの中から魔物の核を一つ取り出し、ギルド長に見せた。
「これは、魔石だな。ーーーなぁ、どうやって傷も付けずに魔物の体から取り出した」
どうやらステータスボードの魔物の核は、普通は魔石と呼ぶようだ。
「今から教えますが、できれば秘密にしてほしいです」
「冒険者の、魔物狩りの秘密は守られるべきだが、犯罪に使われた時に対応できるよう、ギルドとしても知る必要がある。それは、理解してほしい」
「分かりました。ーーー今から見せます」
俺はテーブルの上に魔石を置き、アイテムボックスを使って収納する。
先程魔石を取り出す時は、ポケットに忍ばせてから取り出したが、今度はテーブルの上の魔石を直接収納した。
当然だが、アイテムボックスに収納された魔石は、テーブルの上から消えて無くなる。
だが、初めて見た者には、魔石が一瞬で消え去る不思議な現象にしか見えない。
「今のは、いったい…… 魔石は、どこに消えた」
「消えてはいません、目に見えない箱の中に収納したのです」
「収納した? ーーーそれでは、もう一度出す事も可能か?」
「はい、こんなふうに可能です」
俺はもう一度魔石をアイテムボックスから取り出し、テーブルの上に直接置いた。
今度は、一瞬で魔石がテーブルに現れる。
「なるほど、不思議な現象で、魔法みたいだ。だが、今のと…… まさか、直接魔物の体内から、奪い取ったのか」
「正解です、ーーー生きてる魔物から、直接魔石をアイテムボックスに収納するので、魔物を傷一つ付かずに倒す事ができます」
「恐ろしい魔法だ…… 」
「本来、生き物は収納できませんので、魔物相手には役に立たないと思っていましたが、なぜか魔石だけ収納できました」
「それで魔物を倒すことができたということか。ーーーん? と言うと、人には使えないのか」
「えぇ、魔物に使えたこと自体がイレギュラーなので」
人や獣人には魔石が存在しないので、アイテムボックスを使い魔石を収納する攻撃は使えない。
俺の話を聞いたギルド長は、腕を組んだまま暫く考えていたが、やがて納得したのか「凄いな」と、一言呟いた。
「疑問は全て解決した」
「良かったです。ただ、この事は…… 」
「勿論、誰にも言わない」
「ありがとうございます」
俺はソファーに座りながら、軽く頭を下げた。
「そうだ、魔物の買い取り価格だが、オークが二十二体で金貨二枚と大銀貨二枚だ。ーーーそれから、シルバーウルフが七体だから、大銀貨四枚と銀貨九枚だ。ーーー後は、オーガが三体で、大銀貨四枚と銀貨四枚となり、ブラックタイガーが一体だから大銀貨五枚で、全部合わせると、金貨三枚と、大銀貨六枚の銀貨三枚だな。ーーーどれも完全な素材そのもだから、高く買い取らせてもらった」
ギルド長は魔物買取内訳を説明してから金貨三枚と、大銀貨六枚、銀貨三枚の入った袋をテーブルの上に置いた。
実に、日本円で三百六十三万円相当の稼ぎとなった。
丸太運版以外で得た大金に、俺は笑いが止まらなかった。
異世界、超最高!
「魔物の肉は高く売れるし、人気もある。骨などの素材も引く手数多だから、これからもどんどん持ってきてくれ。ギルドで全て買い取ろう」
「ありがとうございます」
俺はギルド長にお礼を述べ、部屋を後にした。
次の日も俺は魔物狩りに行き、日本円で三百五十六万円相当のお金を得た。
俺が魔物狩りに行っている間に、リリは日本の商品を異世界の入れ物に移し替える作業を行い、後は販売先を探すだけとなった。
お金も結構溜まったので、日本の商品を売るための販売ルートの確保や、逆に異世界の商品が日本で売れないか、異世界の情報収集を始めた。
結果、店を持たずに商品を個人で売買したり、店舗などに卸したりする場合は税金の関係上、銀貨一枚、日本円で一万円以上の商品に関しては商業ギルドを通し、それ以下の商品は商業ギルドに自己申告することを知った。
自前の店を持てば、ある程度自由に販売できるようだ。
試しに砂糖、塩、胡椒、唐辛子を大量に商業ギルドに卸したら、金貨六枚と大銀貨八枚と銀貨五枚の、日本円で六百八十五万円相当の利益を得た。
もう、笑いが止まらず、ウハウハだ。
荒稼ぎに味をしめた俺は、何度も魔物を狩ってきては冒険者ギルドに卸し大金を得たり、リリに準備してもらった日本の商品を異世界の商品として商業ギルドに卸し大金を得ていた。
商業ギルドでもアイテムボックスの事を話していたので、俺が大量の商品を何度卸しても、不思議に思うどころか感謝された。
魔法が世界の常識の外側にあるので、勝手に納得してくれる事に、都合が良すぎて笑いがこみ上げる。
「なぁ、リリ。ちょっと広場に行ってみないか?」
「広場って、何でも市をやっている所?」
「そう、その何でも市に行ってみよう」
商業ギルドの近くに広場があって、週替りで催し物をしている。
今週は「何でも市」という市が広場で開催されており、日本で言うフリーマーケットみたいな感じだ。
商業ギルドに行く途中でチラッと見たが、広場ではかなりの数のお店が出店しており、賑わいを見せていた。
「良いよ、行っても。リリも行きたいし」
話が決まり、俺とリリは何でも市が開催されている広場に出かけた。
広場では屋台も多く、俺とリリは串焼きを買って食べながらお店を見ている。
出店するお店の殆が、服とか台所用品とかの日常品が多くて目新しい物はないが、兎に角安かった。
中には塩とか胡椒なども有ったが、俺が卸す日本の商品に比べると数段落ちる品質なので、とても買う気になれない。
それでも大勢の人が賑わってる中を、美味しい食べ物を食べながらリリと歩くのは楽しかった。
「お兄ちゃん、あの店を覗いてみない?」
「ん? 勿論、良いよ」
リリが見つけた店は女の子らしく、指輪やネックレスなどの貴金属を販売してるお店で、可愛い猫のネックレスや、小さい宝石が付いた指輪などが沢山ある。
ただ、ネックレスはチェーンじゃなく紐だったり、ピアスは針が剥き出しだったりと簡素な作りだ。
「欲しいのある?」
「んー、沢山あるから、選べない」
「これなんか、似合うんじゃないか?」
リリの髪に似合いそうな猫の髪留めを見つけた俺は、それを手に取ると彼女に薦める。
「凄く可愛い。これ、買っても良いの?」
「あぁ、勿論だ」
「ありがとう、大事にするね」
リリが喜ぶなら安い買い物だよと思い、俺はお金を出して商品を受けとろうとしたが、思わず手が止まってしまう。
商品の中に、気になる物が有ったからだ。
「おじさん、これ何?」
「ん?、これか?」
「そ、それ」
「これは、金剛石だ。ーーー途轍もなく硬い石で滅多に壊れる事もないから、夫婦円満や家族円満のお守りとして人気の商品だ」
一瞬、目の前の物が信じられなかった。
俺の考えが間違いなければ、金剛石はダイヤモンドだ。
以前、俺が勤めていた職場の営業先で、ダイヤモンドの原石を見たことがあるが、このお守りは凄く似ている。
ダイヤモンドの原石は研磨加工をしないと輝かないので、意外と地味な石だ。
もしかしたら異世界の文明レベルでは、ダイヤモンドを加工する技術が存在しないのかもしれない。
小石と考えたら値は張るが、ダイヤモンドだったら恐ろしく安い買い物だ。
勿論、確かめないとダメだが、俺の目はダイヤモンドに釘付けだった。
「おじさん、これ全部ください」
「えっ、全部?」
「そっ、全部」
これがダイヤモンドなら、全部買わないわけにはいかない。俺は全ての金剛石を買い取ると、ホクホク気分でリリと再び買い物を続けた。
「さっきの、金剛石って、そんなに必要なの?」
「あぁ、俺の読みが正しければ、大金持ちだ」
「本当に? ーーーなんだ、リリと円満になり…… 」
「ん? なにか言った?」
「ううん、何でもない」
最近リリが、ブツブツ何か言っているが、良く聞こえないことが多い。
もしかして、何か不満があるのかも……
兎に角、機嫌だけは取っておこう。
「リリ、今日は何でも好きなの買っていいよ。お金なら沢山有るからね」
「リリは、お兄ちゃんと一緒なら、それで良いよ」
「そう?」
「うん」
魔物狩りで荒稼ぎして、日本の商品も高値で売ることができた。
調べてみないと分からないが、ダイヤモンドらしき物まで手に入れて最高の気分だ。
更にリリに可愛いことまで言われて、俺は浮かれていた。
だから、気付かなかった。
リリと路地裏に入った瞬間、突然後ろから襲われたことに……