78、キス。
「リリさん、こちらの衣装にお着替えしてくださいますか?」
もう写真撮影会は終わったはずなのに、係りの方が新しい衣装を持ってきた。
「この衣装は?」
「こちらの衣装は、先程春奈さんが持ってきた衣装になります」
「春奈さんが?」
「はい。せっかく綺麗になられたので普段の衣装ではなく、こちらのドレスに着替えて、この後のスケジュールを楽しんでくださいとのことです」
言われて気付いたけど、ウエディングドレスに着替える前のリリの服装は、ゴーダの森の帰りなので動きやすい冒険者の格好だった。
春奈さんの言う通り公演を見に行ったり、その後のディナーのことを考えたら冒険者の格好は場違いだよね。
春奈さん、ありがとう……
★ ★ ★
今リリとお兄ちゃんは某有名劇団の公演会場に来ていて、開演まで少し時間があるので会場内のカフェで休んでいる。
春奈さんが選んでくれた新しい衣装に着替え、お化粧や髪の毛も再び綺麗にセットしてもらい、靴も運動靴から少しだけヒールの高い革靴にしてもらった。
「なぁリリ、俺の格好変じゃないか?」
「えっ、そんな事ないよ」
実はお兄ちゃんも冒険者の格好からスーツに着替えていて、髪型もセットしてもらったみたいで、凄くカッコいい。
さっきまでのタキシード姿のお兄ちゃんもカッコ良かったけど、今のスーツ姿のお兄ちゃんもカッコいいからドキドキする。
「そっかー? なんか麗華さんが準備してくれたらしいけど、考えたら朝の格好で公演見たり、一流レストランでの食事なんてできないよな」
「そうだね。リリの服は、春奈さんが準備してくれたみたい」
「へぇ、そうなんだ。ー--ん? なんだか最初から俺とリリが、公演もディナーも一緒に行くつもりで立てた計画みたいだね」
「そう? あっ、でもディナーのレストランは、最初からお兄ちゃんが相手だと考えていたかもよ。いつもお兄ちゃんと一緒だから、そう考えるのが普通じゃないの?」
絶対、そうじゃない。
麗華さん達はリリの誕生日に、お兄ちゃんとのデートをプレゼントしてくれたと思う。
ウエディングドレスの記念撮影会や、今から見る公演に夜のディナー、そして今リリとお兄ちゃんが着てる服まで全て計画的で、その計画自体がプレゼントなのよね。
ありがとう、リリ、凄く嬉しい。
「言われてみたら、そうかもね。あっ、そろそろ開演の時間だから、中入ろうか」
「うん。行こうか、あっ…… 」
「おっ、危ない! 大丈夫か?」
椅子から立ち上がろうとしたら慣れないヒールに足を取られ、倒れそうになったところをお兄ちゃんがリリの腕を掴んでカッコ良く助けてくれた。
「あ、ありがとう」
「ほら、慣れるまで俺の腕を掴め」
「う、うん!」
やった! 何故か分からないけど、自然とお兄ちゃんと腕を組めたわ。
えへへ、リリとお兄ちゃん、周りの人からどう見えるのかな?
やっぱり兄妹? それとも、恋人……♡
お兄ちゃんの腕、このままずっと掴んでいたいなぁ。
「席は、この辺かな…… あっ、ここだ。リリ、この席だよ」
「うん」
「結構良い席だな、この席なら、細かい顔の表情まで見えるんじゃないか?」
「そ、そうだね」
ダメ、ダメよ。
お兄ちゃんがカッコ良すぎて、もう芝居どころじゃない!
「あっ、始まるよ」
「うん…… 」
お芝居は、なんだか日本と言うよりも王国みたいな感じで、衣装も洋服というよりパーティードレスっぽくて、しかも主役の男の人が剣を腰にぶら下げていた。
これって、本当は王国がモデルじゃないの? と思うほど、日本人とは全然違う格好だ。
ストーリーは国境沿いで生活する男女の恋の話で、将来結婚を約束した二人にお互いの国同士の戦争という悲劇が訪れる。
隣同士の村で、お互い何度も行き来して愛を育てて来たのに、戦争によって二つの村の間には壁が出来てしまった。
それでも二人は互いの事を忘れることなどできず、夜中に蝋燭の明かりを合図に使い互いの淋しさを紛らわすが、その行為自体がスパイだと思われヒロインが捕まってしまう。
やがてヒロインが見せしめのための公開処刑が決まってしまい、処刑迄の日が刻々と近づいてくる。
主人公はヒロインの公開処刑が決まってから、毎日隣村に向かってヒロインを助けるようにと叫び続けるが、ヒロインが釈放されることは無かった。
だけど主人公とヒロインの両村の人々は、この状態を良しとしていなかった。
両村の人々は二人の事を知っていたし、祝福していた。
互いの村は協力してヒロイン救出のための行動を開始して、めでたくヒロインの救出に成功する。
その後ヒロインを救出した両村は戦争反対をスローガンに立ち上がり、最初は小さな声だったが次第に隣の村、隣の町を飲み込むように大きな声にとなっていき、最後は戦争を終結させるまでになる。
そして両国を挙げての主人公とヒロインの結婚式が始まり、二人の話は平和の象徴として語り継がれるようになるという話だ。
話自体は単純で、最後は無理やりハッピーエンドという、ちょっと演劇としては物足りない感じもしたけど、心温まる素敵な話だったと思う。
そしてお兄ちゃんは、リリに隠れるようにして涙を拭いていた。
★ ★ ★
演劇を見終わったリリとお兄ちゃんは、最後のデートコースである夜景の綺麗なレストランに来ていた。
丸の内と言う所にある高い建物の、最上階にあるレストランで景色が凄く良くカップルも多かった。
「初めて演劇を見たけど、かなり面白かったな」
「うん。また見たいね」
リリとお兄ちゃんは次々と出される美味しい食事と食べながら、演劇の話で盛り上がっている。
ただリリは演劇よりも、普段と違うお兄ちゃんが見れた事が一番良かった。
「こちらが最後の料理になります。あと、良かったらこちらも是非ご覧ください」
二人で盛り上がっているところに、ウエイターの方が最後の料理を持ってくると同時に、テーブルの上に一つのパンフレットを置いていった。
読んでみると「家族の絆を強くする愛のカギを、掛けませんか?」と言うキャッチフレーズで、どうやら同じ建物の最上階にあるモニュメントに、鍵を掛けると家族の絆が強くなるというイベントで、ここでも記念撮影があるらしい。
そしてリリは気付いてしまった。
パンフレットの一番下の端の方に「記念撮影の時にキスをすると、永遠の絆ができます」と書いてあったのだ。
これはお兄ちゃんと接近する大チャンスで、別にキ、キ、キ、キ、キスしなくても記念撮影だけでも楽しみなイベントとなる。
「お兄ちゃん、これ行ってみない?」
「ん? 家族の絆を強くする愛のカギって、良くあるカップルのためのイベントだね」
「お兄ちゃん、知ってるの?」
「ここのは知らないけど、結構あるんじゃないの? まっ、殆どがカップル限定で、家族の絆ってのは初めて見るけどね」
「ふ~ん。リリ、やってみたい」
「うーん、別に良いか。行ってみる?」
「うん!」
お兄ちゃんにパンフレットを見せながら話をして、お兄ちゃんを上手く鍵のイベントと、記念撮影に誘うことに成功した。
勿論お兄ちゃんにパンフレットを見せる時は、一番下の方を手で隠しながら誘ったけどね。
これくらい、良いよね♡
★ ★ ★
「リリ、ここで南京錠を買うみたいだね」
「なんか、いろんな種類があるのね」
鍵は四角いのや丸いの、そして♡の形をした鍵も有った。
勿論、リリは♡の形をした鍵を選んだけど、意外にもお兄ちゃんは普通に賛成してくれた。
もしかして、お兄ちゃんもリリの事が好きになったのかな?
「こちらで鍵を購入した場合に限り、二回の記念撮影が無料となりますので是非利用してください」
「ありがとう御座います。それで、二回の撮影とは…… 」
「一回目は、鍵を掛けた時になります。そして二回目は、モニュメントのしたでの撮影となります」
「ふ~ん、リリ、撮影は二回だって」
「う、うん」
それも知ってた。
だって撮影は二回になりますって、パンフレットにちゃんと書いてあったもんね。
「それでは一回目の撮影を終えましたので、二回目の撮影を行いますのでモニュメントの下に移動してもらえますか?」
「リリ、行こうか」
「うん」
「それでは二回目の撮影を始めますけど、キスはどうします?」
「えっ? キス?」
係りの方による突然の発言にお兄ちゃんの目がきょっとんとなったけど、リリは大きく息を吸い込むと「勿論します!」大きな声で返事をした。
「えっ、するのですか? お兄さんの方は、それで宜しいのですか?」
「えっ、キ、キスって、どういう事?」
「ですから、ここに書いてあるでしょ、ほら…… でも、見た感じ幼い女の子とのキスは、ちょっと…… 」
「そ、そうですよね…… 」
「リリ、キスは…… 」
「えぇ、だって「永遠の絆ができます」って書いてあるのに、しなかったら意味ないわよ! だ、だ、だ、だから、絶対にします!」
これは譲らない! せっかくの大チャンスなのに、これだけは絶対に譲らない!
お兄ちゃんとキス! お兄ちゃんとキス! お兄ちゃんとキス! お兄ちゃんとキス! お兄ちゃんとキス! お兄ちゃんとキス! お兄ちゃんとキス! お兄ちゃんとキス!
絶対に、お兄ちゃんとキスするの!
「すいません、ああなると頑固で…… 」
「でも、流石にロリコ…… 勘違いされて…… 捕まり…… 」
「それは、困ります。でも、ああなったリリは………… 」
「う~ん、それなら、こんな…… こんな風に…… 」
「あぁ、そうですね。それでいきましょう! リリ、早く写真撮るよ!」
「うん…… 」
係りの人と何か話してたけど、お兄ちゃんとキスできるなら、何でも良いです。
キスできるなら、えへへへへ♡
「では、記念撮影しますね」
「「………… 」」
「お兄さん、三、二、一、で撮りますので、よろしくお願いします」
「はーい」
「では、妹さんは目を瞑ってくださいね」
「………… 」
ついに、ついに、お兄ちゃんとキス!
「三、二、一、はい、今です」
カシャッと機械的な音が鳴り響く……
「はい、終了です」
「えっ、これで終わり?」
「そうみたいだね」
「キ、キスは?」
「したでしょ」
「えっ、そうだけど、それで絆は…… 」
「同じ効果があるって、係りの人が言ってたよ」
「そ、そうなんだ」
ハァ、せっかくお兄ちゃんとのキスを期待したのに、まさか、おでこでも同じ効果だなんて、そんなの後付けでしょ!
絶対後付けでしょ!
リリ、凄く期待したのに、凄く期待したのに!
「リリ、帰るよ」
「はーい」
まぁ、良いわ。今回は、おでこで我慢してあげる。
でも、次は絶対、絶対!




