72、感謝。
「大翔様から、今後の展開について貴重なお話を承る事が出来ましたが、今回は大翔様に命を救われ、生きる希望が湧きましたという方々から、是非お礼の言葉を伝えたい、伝えさせてくださいという熱い思いに応えていきたいと思います」
「えっ?」
「大翔様は、この様な話が苦手だとリリ様より聞いておりますが、カインの街の住民、いえ、ロンバード辺境伯領に住む全ての領民が抱く、この感謝の気持ちを是非伝えさせてください。かくいう私の思いも、皆様と同じ感謝の気持ちでいっぱいです」
「ちょ、ちょっと待て!」
「申し訳御座いませんが大翔様、暫く私達の話を聞いてください。では最初の方、宜しくお願い致します」
感謝の気持ち? 給料を払ってくださいじゃないの?
あれ、あの子は……
「マミは、お父さんと弟のゼンと三人で暮らしていました。でも、よその国が攻めてきて、お父さんはマミとゼンを守るために戦って死にました」
小さな拳に力を込めながら、女の子は噛みしめるように話し始めた。
「よその国はお父さんを殺しただけじゃなく、マミたちが暮らしていた大事な家も壊したので、マミと弟は広場の隅っこにあった、倒れかけの壁の横で暮らすようになりました。でも、夜は寒く、先の事を考えると心細い気持ちでいっぱいになり、涙を流しながら弟と抱き合って寝ていた事を、今でも覚えています」
マミと名乗る女の子は、以前自分は十一歳だけど働かせてくださいと叫んでいた女の子で、俺が頑張ったねと言ったら、突然大泣きしたので良く覚えている。
「朝は早くから広場で食べ物を貰うために弟と並び、やっと手に入れた水っぽいスープと小さなパンの欠片を、二人で分けながら食べていました。マミは、弟に動いたらお腹が空くから動かないでと何度も言うけど、ゼンはマミの話も聞かずお腹が空いたと泣きながら暴れます…… 」
当時の事を思い出しのか、マミの小さな両肩が小刻みに震え、何度も瞬きを繰り返す彼女の瞳からは、既に大粒の涙が溢れており、柔らかそうな頬を伝って幾度も零れ落ちていた。
「でも、だんだんゼンも元気がなくなってくるし、マミは怖くなって、どうしよう、どうしようって、必死に考えていたら、リュッカ姉ちゃんが、あっちでパンを配っているから、一緒に行こうと誘われて、大急ぎでリュッカ姉ちゃんに付いていきました」
リュッカ姉ちゃん?
「リュッカ姉ちゃんが連れて行った所には、大翔様がいました」
えっ? 俺、マミちゃんを初めて見たのは、ギルバート様の屋敷だと思ったけど?
「大翔様は、マミにパンを下さり、必ず助けるから、もう少し頑張れと言って下さりました。そして次の日に、約束通りマミた達に住む家を与えてくださり、温かい食事を与えてくださり、だから、だから、マミや弟のゼンが今生きているのは、大翔様のお陰です」
確かにパンを配ったが、あれは偽善な行為であって、褒められるようなものではないはずだ。
それに、全員に配ったわけでもない……
「それに、弟のゼンのことで必死だったマミの事を「今まで弟の為に良く頑張ったね、立派なお姉ちゃんだ」って言ってくれて、マミは凄く嬉しかったです。大翔様、マミと弟のゼンを助けてくれて、ありがとうございました」
最後は涙でクシャクシャの笑顔を見せながら、マミちゃんが頭を下げた。
偽善でも良かったのか、俺は間違ってなかったのか?
「私も、マミちゃんと同じ気持ちです」
ん? あれは、パンを配るから皆を連れてきなさいって、ドリントの街で初めて声を掛けた女の子だ。
確か、妹達がいるとか話していた気がする。
「私の名前はリュッカと言います。両親は戦争で殺され、家も壊されました。私と妹達は住む所が無くなり、仕方なく広場に行きました。広場で食料の配給があると聞いたからです。広場には、私達と似たような子供が沢山暮らしていました」
リュッカは自らの辛い経験を、気丈にもしっかりとした口調で話し始める。
「妹達は毎日お腹をグーグー泣かせているので、広場で並ぶとき以外は大人に食べ物を恵んでもらうために、私は大人の人に「食べ物を恵んでください」と、声を掛ていました」
そんな彼女の話に耳を傾ける多くの領民たちが、既に小さく嗚咽を漏らしていた。
先程のマミといい、今回のリュッカといい、本来なら大事に育てられるべき存在の子供達が、大人の勝手な都合で始まる戦争という人災に巻き込まれてしまい、どの様な気持ちで「食べ物を恵んでください」と口にしていたか、想像するだけで胸が締め付けられる思いになる。
「でも、大人の人も「ごめんね」と言うだけで、食べ物を恵んでくれる人なんて、殆どいません。だけど、妹は六歳と五歳なので、私が頑張らないとダメだと思いながら、必死に声を掛けていました。勿論私以外にも大人に声を掛けている子供は、大勢いました」
忘れもしない、あの光景は忘れることなどできない。
肩を寄せ合うように大勢の小さな子供達が固まって暮らしている悲惨な光景、そしてその子たちのために食べ物を恵んでもらおうと必死になって大人に声を掛けるお兄ちゃんお姉ちゃんたち。
正にこの世の地獄かと思える環境の中で、彼らは必死に生きてきたのだ。
「たまに、パンの欠片を貰えると、泣くほど嬉しかったのを覚えています。ー--そんな時に、大翔様が現れて「あの角で今から食べ物を配るから、他の子供達を一人ずつ呼んできなさい」と言ってくれました」
「………… 」
「最初は信じられませんでした。だって、大翔様は何かを持っているようには見えなかったから。だから、たぶん一つのパンを細切れにして分けてくれるのかと思い、それで、私は最初に妹を一人ずつ大翔様の所に行かせたました」
あぁ、そっか。アイテムボックスの事なんて知らないもんな。
何も持ってないように思ってしまうよな。
「私はズルい人間です。どうせ細切れのパンなら、妹達が必ず多く貰えるように、先に大翔様の元に行かせたのです。でも、妹達が戻って来た時には、未だに湯気の出てる温かいパンを、一人一つずつ持って戻ってきたのです」
「………… 」
「驚いた私は、同じ広場にいる子供達に声を掛け続けました。大翔様の元に行った皆は、嬉しそうにパンを持って戻って来ると必ず言うのです。「必ず助けるから、頑張れ」って、大翔様が話していたって」
「………… 」
「本当に、本当に助けてくれるの? こんなズルい私でも、助けてくれるの? そんな風に思いながら、助けてくれるなら、助けてくれるなら、頑張ろうって…… 」
あの子は、そんな事を考えていたのか、自分がズルい人間だって……
でも、自分の身内を一番に考えるのは当たり前のことで、決してズルい人間ではない。
それどころか、妹達のために頑張ってるんだから、良い子に決まっている。
彼女の瞳からは、既に溢れ出た涙が行き場を失いポタポタと床に零れ落ちていて、時折り嗚咽を漏らしつつも彼女は話を続ける。
「私はズルい人間だから、だから、せめて私がパンを貰うのは最後にしようと思って、一番最後にパンを貰いに行きました。そしたら大翔様が「大勢連れて来てくれて、ありがとうな、頑張れよ、必ず助けに来るからな」って、こんなズルい私に、ありがとうって、お礼を言ってくれたのです。私は嬉しくて、嬉しくて、涙が止まりませんでした」
あの時の涙は、そんな理由があったのか……
「私と妹達は、大翔様に救われたのです。だから私と妹達は、毎日大翔様の役に立ちたいと、話し合っています。そして、私が大人になったら、大翔様と同じように困った人を助けられる人に、なりたいです! 大翔様、助けてくれて、本当にありがとうございました」
ダメだ、こんな話、ずっと聞いてられない。
俺は、そんなに良い人じゃない、自分の夢を叶えるためにチャンスだと思ったから行動しただけだ。
それに最初は断ろうと考えていて、リリに促されて仕方なくドリントの街に来たぐらいだ。
なにより、未だに皆に給料を払えてない。
「子供達だけじゃないわよ! 私達大人だって、どれだけ大翔様に助けてもらったか」
「そうよ、私の子供達は、毎日お腹が空いて泣いていたのよ。勿論、領主様が頑張って配給を手配してくれていたのも知っていました。だけど、やはり子供はお腹が空くと泣くのです。でも、このカインの街が、大翔様の優しさが、私達を救ってくださったのです。大翔様、リリ様、本当にありがとうございました」
そ、そんな、俺は別に……
「大翔様、リリ様、最近私は子供を産みました。光栄にも、このカインの街で生まれた、初めての子供になります。私は嬉しくて、命の恩人である大翔様が名付けた、この街の名前、カインに因んで、息子にカインと名付けました」
えっ、俺が名付けた街の名前を、自分の子供の名前にしたのか?
「カインとは、優しいと言う意味だと大翔様が仰っていました。私の子も、きっと街の名前のように、大翔様やリリ様のように、優しい大人に育つと信じております。大翔様、リリ様、本当に助けてくださり、ありがとうございました」
まさか、俺が名付けた街の名前を、子供に名にする人が現れるなんて、思いもしなかった。
「私の話も聞いてください。ーーー私の亡き夫の父は、夫が亡くなってから、自分は無駄に年を取っただけで、誰の役にも立てない人間だとか、何もできない自分が食事をとるなど、罰が当たるとか、何度も、何度も、何度も! それこそ毎日のように話していました。そんな義父に、私は何も応えてあげられない日々を過ごしていて、とても辛く、とても悲しかったことを覚えています」
「………… 」
「ですが義父は孤児院で働くようになり、子供達とともに生活をするようになり、今では生き生きと働いております。大翔様は、私達の命を救っただけでなく、生き甲斐も与えてくださった恩人でもあります。本当に言葉では言い表せないほど感謝しております。本当に、ありがとう御座いました」
お礼のために深々と下げた頭を持ち上げた彼女の顔は、涙でお化粧が崩れくしゃくしゃになっていたが、彼女の喜びが伝わるような晴々とした笑顔に包まれていた。
そんな彼女には悪いけど、俺は孤児院の子供達が多すぎて院長先生に相談したら、沢山の先生が必要だと言われ、それでお爺さんやお婆さんに目を付けただけなんだ。
決して誰かを助けようと思ったわけじゃなく、お年寄りなら時間を持て余していると思ったから、都合が良かっただけなんだ。
「そう言えば私のお爺ちゃんも、トラクターで走り回っていて、すっかり若返りました。大翔様のお陰です。本当に、ありがとう御座いました」
「あんたのとこのお爺ちゃんは元気になりすぎだよ、まるで暴走族じゃないか」
「「「「アハハハハ」」」」
「うちのお婆ちゃんは「まだまだ若い人には負けません」なんて言いながら、調理室で張り切って料理を作っています」
「私んちの婆ちゃんも、同じこと言ってますよ」
「それを言うなら、うちの爺ちゃんは、男なのに繊維工場で働きながら、織物は男の仕事だと、訳の分からないことを言ってますよ!」
「えぇ、織物は女の仕事でしょ!」
「いやいや、あの機械を見たら、そうとも言えないよ」
「えっ、そうなの?」
「実は………… 」
いつの間にか、其々の家族の話に話題が変わっていき、皆がお互いの顔を見ながら時に笑い、時には励まし合いながら楽しい収穫祭が始まった。
そして誰もがワイワイガヤガヤと収穫祭を楽しむ中、ギルバート様とエリザベート様、更にガリック様がリリの前に立つと、ガリック様が「誰もが大翔様の事を称え、感謝するのは当然だと思います。ですが私達は、貴女様が大翔様をドリントの街に導き、大翔様を支えていた事を生涯忘れる事は無いでしょう。本当に感謝しております。ありがとう御座いました」そう述べると、三人揃ってリリに深々と頭を下げた。
突然の出来事に、リリは両手を前に突き出し左右に振りながらあたふたと焦りまくり、その光景を街の人達が不思議そうに眺めていて、俺は自然と微笑んでいた。




