70、新しい取り組み。
ドリッシュ帝国の皇帝、ー--ステファニー様との楽しい宴会から既に三ヶ月半が経ち、約束通りジェームズは種ジャガを二百万個販売してくれた。
更に嘘を吐いたお詫びとして、ステファニー様が多くの葉野菜の種や、異世界版木綿の種を大量に販売してくれた。
他にも、異世界版の蚕を育てるために蚕の餌となる植物、蚕葉の苗木の大量取引にも成功した。
代わりに俺の方からは、ザードの街以外にも何かしらの工場を作り、技術提供を行うことを約束する。
野菜の種等の支払いに関しては、俺が持つ魔物との物々交換で行うこととなった。
ドリッシュ帝国は魔物が滅多に出現しないので他の国に比べて農業が盛んだが、逆に言えば魔物の数が他の国に比べて極端に少ないため、魔物の肉の値段は常に高止まり気味だ。
そこで俺が持つ魔物と、ドリッシュ帝国のが持つさまざな作物の種や苗木等を物々交換したわけだ。
植物の種に比べ魔物の肉は傷みやすいが、そこは俺の設置型アイテムボックスを、幾つかの街にレンタルすることにより、この問題は解消された。
勿論設置型アイテムボックスのレンタルは有料で安くはないが、魔物の肉や野菜等が傷むことなく長期保存できるの事は重宝されているらしく、未だにレンタル量を増やしてくれとステファニー様か仰っていたとジェームズが話していた。
アイテムボックスの細かな設定ができるようになったので、食品以外の物は収納できない事と、最大収納量を設定しておけば、ほぼ冷蔵庫と同じ扱いとなる。
冷蔵庫と同じような扱いなら俺の方も安心できることと、他ならぬステファニー様のお願いなので、俺は帝国に設置型アイテムボックスを数量限定で貸し出すことを決めた。
ちなみに俺が陛下の事をステファニー様と呼ぶようになったのは、あの宴会の時に、酔っぱらったステファニー様が「余の事は、ステファニーと呼ばないか!」と絡んできた時に始まる。
最初は何度も遠慮したが、ステファニー様は怒って足を蹴ってきたり、泣き出したりするので仕方なく、様を付けることで許してもらった。
俺だって命は欲しい、帝国の皇帝を呼び捨てにして、知らない間に知らない人から恨まれるのは嫌だ。
「お兄ちゃん、今日は初めての収穫祭でしょ、みんな待ってるから早く行こうよ」
「ん? もうそんな時間か?」
「うん。今日のもやし工場で初めての収穫と、レタスにサラダ菜、水菜に春菊、ミニトマトも取れると話していたから、孤児院が始まって初めての楽しい収穫祭だね」
「あぁ、こんなに上手くいくとは思ってなかったが、本当に良かったよ」
俺が今いる場所は七階建ての元オフィスビルの屋上で、現在は水耕栽培専門の農場として生まれ変わった建物だ。
水耕栽培とは、日の光が限られる建物の中で太陽の代わりにLED電気を使い、土を一切使わずに水と肥料だけで作物を育てる栽培方法で、植物工場と呼ばれることもある。
俺は廃墟のオフィスビルや太陽光発電システムを、アイテムボックスで新築同然まで時間を巻き戻し、それらを使って巨大な植物工場を作った。
水耕栽培は建物の中で植物を育てる栽培方法で、気候に左右される事もなく土を必要としないことから、異世界でも日本産の葉物野菜やミニトマト等を栽培することができる。
更にこのビルの隣の元大型倉庫は、新たにもやし工場として生まれ変わり、大量のもやしを栽培している。
実はもやしの栽培も水耕栽培に似ていて、水と肥料だけで育てることができる。
問題は80℃のお湯による種の洗浄や、発芽を促すためのぬるま湯に漬ける工程、更に発育を促すために真っ暗な栽培室で、綺麗な井戸水を与えながら的確な温度管理を行うことで、初めて大量のもやしが収穫できる。
要するに、それなりの施設が必要となるわけだ。
もやし工場と植物工場の建物は、電気が使えるので当然エレベーターや水道も使えるようになった。
勿論トイレも水洗でウォシュレット付きだ。
俺は一ヶ月以上もかけ、下水処理施設と下水管の取り付け工事を行い、更に建物の屋上には貯水タンクを設け、水路に流れる水を電動ポンプで汲み上げることにより、ここ「カイン」の街では上下水道が可能となった。
ただ水路を流れる水なので飲料水としては使用できないが、それでもトイレの使用が可能となったのは大きい。
あっ、新しい街の名前は「カイン」となった。英語で優しいと言う意味だ。
恥ずかしいけど名付け親は俺で、街の人に名前を付けてくれと言われ、優しい街になって欲しいと思いを込め「カイン」と名付けた。
話が長くなったが、今日はもやし工場で初めての収穫と、植物工場でミニトマトとレタス等の収穫が行われる。
両工場は、孤児院の年長組が栽培から収穫までを行っていて、前に俺が考えた自立型の孤児院で独立採算制をある程度導入した形だ。
まだまだ、大人の力を借りないとダメなところも多いが、将来的には元孤児と孤児だけが全ての作業と経営を行う、新しい会社となって行くことを願っている。
「お兄ちゃん、毎日頑張っていたもんね」
「そうだな、資金集めのために、何度タンカーを運んだか」
「タンカー以外にも穀物や果物、化学薬品に精密機器まで運ばされていたじゃない」
「あぁ、そうだな。大変だった…… 」
麗華さん達が、異世界に必要な機材を購入するための資金を得るために、鬼のように俺を使ってくれたので、資金は余裕で増えていったが、その分俺の体力も削られていった。
本当に死にそうなくらい、世界中をテレポートで移動しながら働かされたよ。
まっ、途中からは設置型テレポートを空港などに設置したお陰で、恒久的にお金が入ってくるようになったから、だいぶ楽になったけどね。
「お兄ちゃん、毎日目の下にクマを作っていたもんね」
「あぁ、そうだったな。その節は、リリのヒールで助かったよ。ありがとな」
「えへへへへ、だってリリ、副社長だもん」
「そうだな。リリは、優秀な副社長だよ」
「うん!」
リリが嬉しそうに俺に抱きついた。
今まで凄く忙しすぎて、こうして屋上でのんびりできるのも本当に久しぶりで、リリと一緒に買い物に行ったりドライブしたりすることもなく、毎日が資金集めとカインの街の都市開発にあてられる生活だった。
リリにも随分寂しい思いをさせたが、暫くはゆっくりできると思うから、今度二人で買い物にでも行こうかな。
「そう言えば、今日はロンダさんや院長先生たち、異世界雑貨店の人達も来るんだろ?」
「うん、もう来てると思うよ。ー--今日の主役は孤児院の収穫祭だけど、もうすぐジャガジャガの収穫も始まるから、街の広場でもジャガジャガの収穫を祝うはずだから、きっと大勢の人で賑わっていると思うよ」
「確か、屋台とかも出るんだろ?」
「調理係りの人達が、美味しい食べ物を準備してるって話していたから、そのことだと思う」
この祭りに関して俺は殆ど関わってない。他の仕事が忙しすぎて収穫祭が行われると聞いたのも、ついこの前だ。
ただ初めての収穫祭だから、必ず参加してほしいと孤児院の子供達に誘われたので、今日は日本での仕事も入れなかった。
まっ、もやしとミニトマトの収穫祭だから、大した祭りではないと思うが、もしかしたらジャガジャガの収穫祭という名目で街の人が騒ぎたいだけかもしれない。
「お兄ちゃん、早く行こう!」
「あぁ、行こう」
俺は右手をリリの方に差し出すと、彼女が左手をそっと添える。
リリの手をしっかり握りしめ、俺は街の広場の俺専用のプレハブ小屋にテレポートする。
俺専用のプレハブ小屋とは、俺がテレポートを使用するためだけに設置した建物の事だ。
広さは六畳くらいだが、テレポートに使うには十分で割りと気に入っている。
リリに先に行ってと促され、俺がプレハブ小屋の扉を開けた瞬間、大勢の人達が俺の名前を叫び、更に孤児院の子供達が手に持った花束を、俺の手に次々と預けていく。
花束の向こうには、ロンダさんや孤児院の先生達、ザードのランランやリンリン、他にも其々の街の従業員達が揃っており、麗華さん達三人も笑顔で俺の名前を叫んでいる。
これって、収穫祭じゃないよね?




